伝わらずして事件は解けず
私の創作話、『Immortal』と『彼の存在たちへ』のクロスオーバーです。エテルが所属している犯罪課で、不可解な言語を話す被疑者を担当することに。そこに、元言語学教授の結がやってきます。エテルと同じく、よくわからないまま話が進む感じになってほしい。
ただの事件ではなく特殊・異質な凶悪事件を担当する部署『異常犯罪捜査課』
少数精鋭ながら良くも悪くも個性的なメンバーが集まるそのオフィスのソファーで呻きながらもたれ掛かる男がいた。
「わかんねーー!!!!」
手元に散らばる資料を吹き飛ばすかの勢いで叫ぶ白髪の青年、エテル・トッシュ。最近この部署に配属されたプロファイラーだ。中性的な見た目だが、琥珀色の瞳を睨ませ近寄り難い雰囲気を出している。現在はオフィスに誰もいないので近寄る者もいないのだが。 だからこそ好き勝手出来るのをいい事に、散らかし放題にしている。
「ほう、この国と周辺国の消滅危機言語一覧か」
「げ、」
そんな中、するりと後ろからパーソナルスペースに入り込む男…アンヘルが散乱している資料をざっと読み返す。
「犯人は突き止めたし、しばらく放置で良いんじゃないか?少なくとも俺達の仕事は終わった」
「よくねえよ。数日かけて家族全員殺した奴だぞ?早く証拠を相手に突きつけて動機吐かせて独房ぶち込まないと」
「いつにも増して口が悪いな」
「ケッ」
時は少し遡り5日前。
ある家族全員が自宅で殺害された。
遺体と現場の様子から数日かけて1人ずつ殺害されたこと、更に不可解な点は1人ずつ殺害されてるにもかかわらず、日常生活が行われた形跡があるという犯人の特異性が垣間見えたため『異常犯罪捜査課』に回された事件。
そして当事件はプロファイラーのエテルと、バディである犯罪コンサルタントのアンヘルが担当した。
結論から言えば…犯人はその二日後に捕まえることができた。
しかし、その本人が『聞いた事のない言語』を使い話しかけてくるので、こちらがどんなに証拠を並べようが動機を聴こうとしようが確認が取れない状態が続いている。
「んで、何の用だよ」
「結果が出たぞ。言葉が通じないと仮定して、絵や図形のみで行った精神鑑定はクリア。分析班によると被疑者が話してる言語は規則性があるがどの言語か未だ不明。もしかしたら暗号かもな」
「やっぱりなー。文字もダメだろ?」
「あぁ。さながらヴォイニッチ手稿だ」
「そこはクリプトスだろ」
クツクツとアンヘルは笑い、テーブルを挟んで正面のソファーに静かに座ってから再び口を開く。
「何故、この国と周辺国の言語に絞った?」
「まず被害者の知り合いで…って感じでオレ等はあの家の奥さんの仕事で絡みのあったアイツを捕まえたよな。アリバイは有りだったが、穴があったし十分過ぎる変態的な動機も見つけた。まぁそれを本人から確認取れないのが一番の問題だが。決定打は、あんな手の込んだ殺害方法だ。一家がどんな一日を過ごしているか監視するのは当たり前。周辺の目を誤魔化すために人の少ない時間も調べないといけないから土地勘もないと出来ない『家族ごっこ』だ」
「国内でも複数の言語があるからな。例えだが、こんな小国でも南の海沿いは何言っているのか分からないほど訛りがある。…で。調べた結果は?」
紅い瞳が細められ、アンヘルは視線を送る。エテル自身が何を言うのか既に解っていて訊くのだからタチが悪い。
「……該当ナシ。マジ自作の暗号で喋ってんじゃねえの?って言いたくなる」
「ーーはぁい!というわけで、犯人は捕まえたけど何語かわからない言語で話してるのでお手上げな状態だけども〜」
頭痛が酷くなりそうなどん詰まりの中、バン!!と扉を開けて唐突に現れるのは『異常犯罪捜査課』のリーダー、ボス・アルフレッド。ふざけた名前だし恐らく偽名だ。周りには自分のことを『ボス』と呼べと強要してくる。
「担当なっちゃたからね。僕の面子もあるし、言語に強い子呼んできたよぉ」
「呼んできたって、今いるんですか!?やば、片付けないと…」
散らばった資料をかき集めるエテルを他所に、ボスはオフィスに来客者を引っ張りこんだ。その人物も唐突だったらしく、若干もたつきながら部屋へと入る。
背の低いボスに引っ張られ、1番先に目に入ったのは白衣。なるほど、学者か。とすぐに予想出来た。言語に強い人と言うぐらいだから、教授だろう。更にその後ろからアンヘル以上に背が高くがっしりとした体格の男が入る。
「あ、散らかってるところ親近感湧きますね」
「オメー、片付けないで来たもんな」
「はいはい、こっちの言葉で話してくれるー?」
来客者が話す言葉は日本語で、その珍しさにアンヘルですら顔を扉の前へ向け、ようやくソファーから立ち上がった。
白衣を着た男は控えめで穏やな印象を残す茶髪に深い青色の瞳。おそらく日本ではなく外国の血も混じっているハーフだろう。
「結(ゆい)・モーゼフです。元言語学教授で、今は言語関係の研究をしています」
続いて隣にいる、染めたような橙色の髪を短く揃えた男が結と名乗った男に促され口を開く。
「あー、こっちは名前が先だっけ?…巴 八月十五日(トモエ ナカアキ)だ。物騒な事件なんで、コイツの護衛として来た」
流暢なこちらの言葉で話す二人に続いて、エテルとアンヘルも名乗り握手をする。
そして結は、エテルが持っている資料に気づき、1枚受け取った。
「消滅危機言語ですか。いい着眼点ですね」
「ありがとうございます。…でも、糸口が見つからなくて」
「ま、今回は無理だわな…おい!」
呆れるように言う八月十五日を、結は肘鉄で諌める。
「暗号ということか?」
「Mr.アンヘル、それは少し違います。だから私が呼ばれたんでしょう」
元教授の言葉に、アンヘルは眉を潜める。誰から見ても美貌と言えるほどの顔を持つ彼の睨みは、常人なら多少怯んでしまうが、結は臆することなく正面から見据えて一瞥すると、ボスの方へ向き直った。
「じゃあ早速、面会は出来ますか?」
「もう手配した。着いてきて!ほら、二人も!」
「えっ、」
予備知識もなく結は被疑者に会おうとしている。その危険と意味にエテルはつい声を上げてしまった。
当然の反応に、ボスは意味ありげな含みのある笑みを浮かべる。
「大丈夫。彼はそのために来たのだから」
「優秀な武闘派が二人もいるんだからねー」と、八月十五日とアンヘルのことを指し先頭を歩いた。
「道中で事件の経緯を教えてもらえませんか?」
「はい。まずーー…」
ーーーーーーーーー
取調室に着いたのはそれから5分後だった。机と椅子が置いてあり、壁には意味ありげなガラス。当然マジックミラーになっており、ミラーを隔てて隣の部屋は、そのガラス越しに取調室を見ることが出来る。
しかし今回、この隣の部屋は使わない。皆取調室に集まることになっていた。
椅子に結とエテルが座り、その後ろに八月十五日とアンヘルが立つ。扉のすぐ近くにはボスが佇んでいた。
「じゃあ、結くんが被疑者に事のあらましを伝える。エテルくんがその補足で、都度結くんが翻訳と通訳をする感じでヨロシクね」
「まるで相手の言葉がすぐ分かるかの言い方だな」
「……共犯者とか疑ってんのか?いいから黙って見てやがれ」
八月十五日が棘のある有無を言わせない圧を掛けながらアンヘルに言うが、涼しげにそれを受け流した。
自分達の後ろで殺気のようなピリピリした緊張感が走る中に、ガチャリとドアノブが回る音に全ての意識がそちらに向けられる。
警官に連れてこられたのは30代前半の男だった。
白人で癖のあるくすんだブロンドヘアー。グレーのパーカーを着ており、痩せ型。顔も普通。どこにでも居るような男は結と机越しに座って対面する。見慣れない白衣の男と奥に控える男にニヤニヤと、これから起きることに楽しみなのか口元が大きく弧を描いていた。
身分証で確認できた名前は「トマソン・ラミアー」
プロファイリングと証拠の結果、彼がひと家族を、家族ごっこをしながら一人ひとり殺害した犯人であると物語っていた。
しかし、冒頭のように彼は未知の言語、あるいは自作の暗号を使い意思疎通が困難である。
そこに呼ばれた、元言語学教授。
彼はまだ28歳らしい。若くして『元』教授だったり、今もこのどちらかと言うと非現実な状況に落ち着いているのが、表情と姿勢で良く分かった。
「……アルフレッドさん」
「結くん、ボスで良いよ」
その結が、初めて緊張を見せる。
刹那の静寂が肌を貫く感覚だった。
「…ボス。本来ならMr.エテルMr.アンヘルのお二人には退席してもらう所ですが、本当にいいんですね?」
「うん。彼らも人の道を片足外してるからね」
「『危険度』は?」
「暴れても普通かな。ここにいる奴らで取り押さえれる。その変わり、二人は他言無用で頼むよ。命令ね」
結の質問に淡々と答え、容量の得ない命令を部下二人に一方的にする。
裏を返せば、「これ以上何も聞くことは許さない」と警告をしていた。こうなったボスに質問しても意味が無いし、命令を破ると本当にどうなるか解らないのを、エテルとアンヘルは経験上知っている。
結は苦笑してから1回深く息を吐き、再び被疑者…トマソン・ラミアーに向き直った。そして口を開く。
「初めまして、私は結・モーゼフと申します。私はあなたの言葉を、ここにいる捜査官達に伝えるために来ました。あなたの言葉で、あなたの名前を教えてください」
静かに、それでいて堂々と結は被疑者に語りかけた。
『ーー、ーーー!ーー。ーーーー?』
一瞬驚いたのか目を大きく開き、被疑者は続いて話す。
当然、エテルとアンヘルには何を言っているか分からない言葉。
解るのは、ついさっきまで消滅危機言語を調べていたエテルが、隣国の山岳地方で使われてる言葉に何とか辛うじて似ていることが解ったぐらいだ。
しかし、結は理解したかの様に頷く。
そして、
『ーーーー。ーーー?』
彼と同じ言葉で返した。
「へ…?」
「…………」
エテルが驚き、アンヘルが興味深そうに結を見ると、八月十五日がちらりと隣の男を睨む。
自分が睨まれていることに気づいたアンヘルは『勘が良い奴』と、含み笑いをした。
驚いている周囲を他所に、結は対話を続ける。おそらく事件の概要や動機を伝えているのだろう。時々現れる身振り手振りから、どれを話しているのか何となく予想出来た。
「…あ、Mr.エテル」
「は、はい!」
「トマソンが『何故俺がこの殺人に至ったのか、動機を答えてみろ』とのことです。私が伝えるので、お話ください」
「……わかりました」
ひとつ息を吐き、歪になってきた取調室で口を開く。同時翻訳は滞りなく行われ被疑者は目を伏せながら、心地良い音楽を聴くように時々頷いていた。
「以上だ。どうだ?」
『ーーーー!!』
一通り話し終わったあと、犯人はぱぁと目を輝かせ拍手をした。そして声を張り上げ大笑いする。
「お前…ッ!」
思わずエテルは怒りが込み上げ、掴みかかろうとした。
家族全員を数日間いたぶって、身勝手な家族ごっこを強いた挙句殺しておいて、何を笑っている。
ふざけるな。と
その瞬間、パチン!!と被疑者が指を鳴らした。指を弾いただけなのに、やけに大きい音がエテルの鼓膜を揺らす。
すると、突然内線が掛かってきた。
後方に控えていたアンヘルが受話器を取ると、聞き慣れた声…同じ部署に所属し、解剖医のゾイが返事を聞かずに叫び倒す。
『検査していた被害者たちの遺体が消えた!!』
「「……は?」」
その大声は、離れているエテルにも聞こえ2人同時に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
被疑者もとい、犯人のトマソンは満面の笑みで再び拍手をする。
結はそれを見て呆れたように苦笑すると、扉の前にいるボスに話しかけた。
「……終わりました。お二人の推理は合っていたみたいです」
「関係者は例外なく『いつも通りの対応』でいいんスね?」
おもむろに八月十五日が被疑者の傍に向かい、立ち上がらせる。
勝手な行動に、エテルは静止させようとしたがボスが片手を上げ、やんわりと止めた。
「ご苦労さま。じゃあ、そのまま連れて行っていーよ」
「……えっ、引き渡すんです?」
「そう。ここからはこの人達の仕事」
「……ボス、良いのか?」
八月十五日が何かをボスに確認する。目線の先はエテルとアンヘルだ。彼らにとっては、この二人は協力者であれど詳細を知られてはいけない人間らしい。
エテルはゴクリとつい唾を飲む。
「うん。あー、このふたりはいいかな。ボクから話しとくよ」
「了解です」と簡潔に結は返事をすると、八月十五日が被疑者を軽く手を拘束し、手元の鎖に繋いでから引っ張るように連れて取調室を出ようとしていた。
急いで後ろを着いていき、ふとエテルに再び声を掛ける。
「お疲れ様でした。腑に落ちないことありますよね…。自分からは何も言えないんですが、縁があればまた逢いましょう」
「……はぁ」
釈然としない結の言葉にとりあえず返事をし、別れの握手をし終わるとじゃらりと鎖を鳴らしながら犯人が割って入ってくる。一瞬たじろぐが、手の拘束があるため害はないだろうと思い出し、琥珀色の瞳で睨んだ。
一種の侮蔑が含まれる睨みに、無言だった犯人はエテルと見てニカッと無垢に笑い、口を開く。
「鮮やかな推理に惚れ惚れしたよ!『脚本』を書いた甲斐があった。じゃあね!」
そう、全員が分かる言葉で。
「……喋れたんじゃん…」
パタン、と扉が閉められしばらくの静寂の後、エテルがようやく呟いた。
「…どういうことだ?ボス」
釈然としないエテルが呻きながら机に突っ伏している中、久々に口を開いたアンヘルが問う。
「それは内緒。君たちは君たちの仕事をした。犯人は犯人のルールに則り、敗れたので元の場所に戻る。遺体はない。証拠品もない。なんなら事件もない。それが全てだ。事件のことを蒸し返しても、誰も覚えてないし、知らないよ。君たち以外は」
「喋るなってことだな。めんどくさい事だ」
両手を上げて大袈裟に困った様にアンヘルが結論づけるとボスはにんまりと笑う。
「そゆこと。お給料は弾むしなんなら2時間後にディナーの予約もしてあげたよ。この場所に行ってささやかな打ち上げをしてくれ」
「タダ飯!!」
ーーーーーー
後日談1
一方、結と八月十五日は被疑者もとい犯人 トマソンを別の人間に預け、『諸々の手続き』を見届けた後、帰りの飛行機に乗るため空港にいた。観光したがったがあくまで仕事。ほぼ弾丸日帰り日程だ。待ちの時間にようやく一息つく。
「…あの黒い服の男。アンヘルだっけ?」
「あー、八月十五日さんが突っかかった人か。ハイブランドのモデルかな?と思うぐらいかっこよかったですね」
基本、他人には無関心…ましてや『状況』を知らない関係者には一言も話さないことが多い八月十五日がやけに攻撃的だったのを結は感じ取っていた。
「アイツ、やべー感じする。底なしサイコパスみたいな」
「え?普通っぽかったですけど…」
「お前を見てる時の瞳が獣のそれだ。値踏みだよ値踏み。お前のその『初めて聞く言語を解読できるし話せる脳』はどんな仕組みをしてるんだってな。中を開いて確かめたいって感じ」
こういう時の八月十五日の勘は正しい。長い間『組織』に所属し、現在自分達が担当している地区の副部長。しかも対人戦闘担当だ。今日の護衛だって、もしもの時のためにと八月十五日自ら着いてきてくれたのだから、結は口には出さないが彼には感謝している。
「ひぇ……。ボス…『副本部長』が趣味で作った捜査班でしたっけ?やばい人ばかりなのかな…エテルさんは普通っぽいけど。すごいプロファイリングでしたし」
「わかる。ありゃ振り回されてる感じだな」
「ですね。……あ、今回の『外存在』って確か」
『外存在』と聞き慣れない単語を、結は思い出したかのように呟く。
そう…彼らは世界の裏で、人に近しいが人では無い常識と力を持つ存在『外存在』達を把握し、共存を目指す組織に所属していた。
通常、外では他言無用な言葉を呟く結。
ここは空港の中であっても、実は『組織』専用のエントランスだ。横を通る人達は皆、『組織』に所属している。
それ程までにこの『組織は』大きい。
ここなら特に禁止されていない内容であれば話しても問題ない。
「危険度2の『脚本家』だな。基本大人しいし担当部署で日々執筆に明け暮れてる奴だが…奴が完成させた『脚本』は現実に反映される。しかもバリバリのミステリーもの。脚本家自身が犯人になり、『10日以内』に謎が解かれれば現実が元に戻る。逆に10日が超えると『脚本』に沿った新たな事件がまた起こるっていう何ともややこしい『外存在』だ。まぁ解かれれば遺体も物質も事象も全て消えるけどな」
八月十五日が忌々しく振り返る。
…そう。今回の事件は外存在『脚本家』が0から10まで考え、現実に反映した『脚本』だ。その緻密さは本当に生きているかのように、登場人物の0歳児から…なんなら家系図まで練られている。
「トールキンに引けを取らない設定の練りですよね。それがただ1つのミステリーのために創られたんですから、圧巻です」
「現実に反映しなけりゃ書籍化してやっても良い出来なんだけどな…。しかも、こいつは自分が被疑者になってそれを俺ら人間が解くのを楽しみに待っている。何様だっつーの」
何故こんな力を持っているのか?彼は何処から来たのか?それは解らない。そうやって『外存在』は捉えることの出来ない蜃気楼のように現れ、世界の均衡に大きく、下手をすれば一生の爪痕を残す。
今回の『脚本家』だって、このまま放置すれば謎の連続猟奇殺人事件が延々と世界中を騒がせてしまうのだ。
事件を解決すれば『脚本』として創られた人や被害者、物質、事象全てが消えて無くなるが、関わりを持ってしまった一般人の記憶は消えない。
故に、早く解決しないと一般人が目撃者になったり警官が介入して記憶操作などの後処理が増えてしう。
世界全体で見れば些細な事件でもゆくゆくは波紋を拡げる。あくまで世界の裏側で活動している身としては迅速に解決しないといけない事象だった。
「今回は優秀な捜査官さんが担当してくれたお陰で、事件に関与した警察と解剖医達だけの記憶処理で済みましたが…。何故今回は自らの言葉を使ったんだか。ずるくありません?普段は使わないんでしょ?」
事件と言うのは証拠やアリバイの他に、本人の自供が少なからず必要である。なのに、今回は『外存在』として自らの言葉で話すものだから、否定も肯定も理解できない状況に陥っていた。
もし、言葉が解る結がいなければ、『脚本家』はいつの間にか留置場から抜け出し、また新たな事件を起こしていただろう。そうなれば、どんどん手が負えなくなる。
「どーせお前を誘ってたんだろうよ。自分の言葉で話せる奴がどんなもんか見たかったんだろ?」
「うわ…最近このパターン多くて嫌だな…」
今日一番の怪訝な顔をして俯く結。
思わず…自分が新人の頃に突然意味もなく、赤く紅く美しい『外存在』に切られた首の傷跡を撫でてしまう。
少し間違えれば…下手をすれば視界に入っただけでこちらの命なんて紙屑以下。未知の存在との対話は、いくら平静を装っても恐ろしいモノなのだ。
この組織に入ってしばらく経ち、何とか今日も生きている自分はつくづく幸運だと思う。
タイミング良くアナウンスが鳴った。
はぁ…と溜息をつき、キャリーケースを転がす。この中身はほとんど同僚へのお土産だ。
「本来なら、あの捜査官二人の記憶も消す筈だったが…副本部長がいいって言ったから大丈夫だろ。案外『こっち寄り』の奴らだったりしてな」
「俺みたいに組織に強制入社させられるよりはマシかも知れませんね」
「どうだが。あ、土産買ったか?」
「買いました買いました。空港のよくあるやつですけど!」
「うちのヤツらめちゃくちゃ食うからなぁ」
ーーーーー
後日談2
「にしても不思議な事件だったな」
ボスに言われた通り、彼が予約してくれた店で夕食を摂るエテルとアンヘル。
エテル的には、仕事以外で目の前の男は顔も見たくないのだが、料理に罪は無い。都合よく必要経費、仕事の延長線として考えることにした。
「あぁ。あの後オフィスに戻って捜査資料探したが消えていたし、…ゾイなんか滑稽だったな」
「解剖室で他の奴らと備品整理しながら、『え?遺体?なんだそれ?』って言ってたしな。マジ痕跡が無くなってた」
「…まぁ、あのボスが連れてきた時点で変なことに巻き込まれると予想してたが」
「やぶ蛇ってやつだきっと。あーぁ、事件解決のためにオレはテメェに3回も『殺された』のに…殺され損だ」
あからさまに、ドン!と音を立てて肉にフォークを突き刺しアンヘルを睨む。
「それは失礼した。でもそのお陰で、被疑者視点からより深くプロファイリング出来たぞ」
怒気を涼しげに流し、元凶の本人はワインを一口飲んだ。
…そう、結と八月十五日の『組織』と同じぐらい、エテルもなかなかに非現実な体質なのだ。
「確かにお前のサディスティックな性癖から、犯人の視点で立てるのはなかなか出来ねえ芸当だが…オレが『不死身』じゃ無かったら不可能な捜査方法だからな。ったく…痛いモンは痛えんだよ。何回も刺しやがって」
「酷い言われようだなぁ。俺はただ、被疑者の思考を紐解くために犯罪現場を再現しただけだ。そのお陰で、犯人が特定出来て捜査期間が1日縮んだろ?」
貼り付けたような笑みで言うアンヘルに、エテルは余計に眉間の皺を寄せた。
被害者に寄り添った分析が出来る自分と、被疑者側の視点から分析が出来るアンヘル。どちらかと言うと事件を早期解決したい合理的な思考を持つエテルは、渋々彼のこの悪癖に付き合っている。
というか、いつの間にか殺されるから抵抗出来ないというのが正しいのかも知れない。楽しんでいるのは明白だが、恐らくそれは上澄みに過ぎない。彼の腹の底は誰も読めないだろう。
「肉、喰わねえなら寄越せ」
「俺が嫌いな割には図太いし行儀がなってないぞ」
「るせー。料理に罪は無い」
「口も悪い。そんな所も子供っぽくて可愛いがな」
「キメェ」