後方から見る
革命組織viceに所属している鈴芽から見たイヨとか十闇についての小話。
『下準備が出来たら革命組織を作る』
そんな会話をして早、80年。人間からすればようやく…しかし、長命な能力者にとっては過ぎればあっという間、寧ろ成長がゆっくりな俺らとっては早いと言っていい時が流れ、遂に『革命組織 vice』が出来てしまった。ちなみにこの組織名は焔羅が付けた。苦情は焔羅に言ってくれ。
何で80年も?と人間は思うだろう。
不老長寿で身体機能がずっと人間より高い能力者は個体差が千差万別で、見た目と能力が安定するまでかなりの時間を要する場合がある。普通に人間と同じ速度で成長し、20年ほどで大人の身体になる奴もいれば、逆に俺は60年近くガキの見た目だった。中には死ぬまで見た目が子供のままの奴もいるらしい。
それと個々のスキル上げ。常に背水で、多勢に無勢な状況で戦うんだ。少し能力が使えたぐらいじゃ初陣で死ぬからな。特訓しつつ、アングラな仕事を引き受けて資金稼ぎ。でも資金は数年前にある財閥が手を貸してくれるようになって安定した。何でも、昔から能力者と付き合いが深い財閥らしい。俺はそういうの解らないから頭のいい紅に任せてる。
さて、これで準備は整ったが実は皆、地味に心配なことがあった。
実戦経験を持つ者がいないことと、始動するにしても人数が5人しかいないこと、だ。
いくら素晴らしい作戦と行動をしても、現場では何が起こるか解らないし、単純に人数が少なすぎる。
あ、古くからある『革命組織 タナトス』は別格だな。あそこも五人しか今はいないけど、経験がありすぎる。一騎当千とはあの組織のことを言うんだろう。
話を戻して、あと2人は欲しかった。
俺らはある孤児院で過ごした幼馴染5人で集まってたからな。
始動前に探してみたがやはりピンとくる奴は居ない。
そもそも、差別されて日陰者として生きてる能力者。なんなら人間より平均寿命が短いと言われてるほどだ。普通の能力者は身体機能は高けれども、慎ましく殺されないように過ごすので、能力は最低限にしか使えない者達がほとんどだ。
どうしようかと悩んでいたら、偶然こんな噂が流れてきた。
『数日前。街で能力者の子供が見つかり、軍に捕まりそうになったが、助けた能力者がいる。周辺には棘(いばら)があった』と。
すぐにどの能力者か解った。
20年前に突然、戦場の最前線から消えた能力者。音沙汰がないので死んだと思われていたが、数年に一度のペースで生存の噂を聞く。その痕跡が、能力の『棘』
女でありながら革命組織最強と呼ばれる紲那と肩を並べて戦っていた能力者、イヨ。戦力としてはこの上ない。
俺らはほとぼりが冷めるまで行方を眩ませそうな場所をリストアップして、しらみ潰しに探した。
彼女は恐らく、何らかの理由で革命組織から手を引いて各地を放浪としている。そんな彼女に『戦場に戻ってきて欲しい』と交渉するのは良いことでは無いだろう。下手したら半殺しにされるかも。しかし、言わない後悔より言う後悔。俗に言うダメ元だった。
2日後に、紫色の髪をした男…十闇と行動している所を見つけて、紅が交渉。実は俺も遠くにだけど交渉の場にいた。バレないような所な。何かあった時にすぐ援護出来るように。あとから聞いた話だけど、十闇は俺が居るのに気づいてたが、悪意が無いのが解ったので何も言わなかったらしい。あと、その時の紅は、珍しくめちゃくちゃ緊張してたなぁ。
そこからは、まぁ…イヨから無茶ぶりな依頼という名の激ムズ任務を数個こなして、実力を見せ、何とかイヨと十闇を仲間に引き入れた。
ブランクがあるが戦場慣れした能力者と、掴み所がないが『空間転移』を持つ男。そんな2人を引き入れることが出来 たのは本当に運がいい。
正直、この時の俺は距離感が掴めずにいた。イヨは隙が見えないし、任務以外で特別話すこともない。十闇は独特な気配とこっちの行動を先読みしてるかのような動きがある。この独特な気配と先読みってのは、彼が能力者ではなく吸魂鬼という異人だったからで、組織に入ってすぐに教えてもらった。
前置きが長くなったがここからが本番。そのイヨが、
「む、鈴芽(すずめ)。暇なら通信機の使い方教えてくれないか?」
「…別にいいけど」
俺の部屋に来た。
「ーーんで、こうやったらいい。解った?」
「あぁ。助かった」
「タナトスじゃこういうの使ってなかったのか?」
「20年前だからな。勝手が違う」
「…あー」
たかが20年、されど20年。
能力者にはあっという間でも、人間達からすれば長い時間かもしれない。だから人間達の文化は進むのが早いのだろう。
「鈴芽はここで、機械類を担当してるんだよな?あと狙撃」
「あぁ。俺自身の能力も機械と相性がいいし」
「『構築』か。機械をすぐ組み立てる能力とかもあるんだな」
「『棘』も大概だぜ?見た目植物なのに硬度は刃物並って」
周りの機械やライフルが珍しいのか、部屋を見回すイヨ。話を交わすと、意外と話しやすいことに気がついた。なんと言うか、オンとオフの差が激しいんだなって感じ。手合わせや任務の時はピリついてて正に茨のような、敵を寄せ付けない雰囲気があるけど、それ以外はちょっと口調が男勝りで世俗に疎い古い人みたいなイメージ。本人に伝えたら殴られそうだな。
「鈴芽は任務の時に、前には出ないのか?」
「……えっ?」
「いや、私が見る限りお前は前衛でも戦えるし、むしろ5人の中では1番強いだろう」
橙色の瞳がまじまじと射抜く。
イヨの言葉に、俺は返答に詰まった。
なるべく目立たないようにしてきたのに、彼女がそこまで広く現場を見ていたとは。
…脳内で副人格が俺を嘲笑するかのように笑っている。
あぁ、頭が痛い。
「……まぁ、得意不得意があるからな。後衛もいないと不便だし。私も銃を扱うが、ライフルは使ったことないし…」
何かを察したイヨがフォローするように付け足す。どうやら勘も良いらしい。そうじゃないと200年も前線で生き残れないか。
「ん、そんなところ。俺、あんまり前出るの得意じゃねえんだよ。やばいと思ったら頑張るけど」
「そうか。あんまり気負うなよ。えっと、紅と同じくわーかーほりっく?なんだろう?焔羅がボヤいてた」
「あいつ…後でシメる」
「ふふ、仲が良いんだな。さすが幼なじみか。皆、同年代なのか?」
「いや…確か…」
むむ、と俺もつい考える。
能力者は長命な分、年齢や月日について希薄な性質がある。だから皆、自分の歳を言う時もだいたい四捨五入して「約○○歳」とか「だいたい○○年前」とか答えてしまう。
「俺は150歳ぐらいで、他は120歳ぐらいかな」
「鈴芽は十闇とだいたい同い年か」
「マジで?」
「あぁ。あいつとも仲良くしてやってくれ。…もうこんな時間か」
「教えてくれてありがとう」と付け足してイヨは部屋…整備室から出ていく。
足音が聞こえなくなってから、俺はつい長めのため息をついてしまった。
『アイツ、勘がいいなァ』
「……煩い。ゲラゲラ笑うな」
『無理無理。俺はお前だ。お前が隠してる部分が俺なんだからな?主人格サマ』
言うだけ言って、副人格…『鈴見(すずみ)』はふっと消える。
自分自身なのに俺はこいつのことが全く解らない。
鈴見は俺が過去に50年の間されていた人体実験、そのトラウマから自分を守るために生まれた副人格。ある意味で俺の本音と欲望を素直に主張して、隙あらば表に出そうとしている厄介な面。まだ皆には隠せてるが、革命組織として活動し始め、環境が変わったせいでどうなるか解らない。
俺をこんな風に歪にした『古巣』だって、そう遠くない未来に対峙することになるだろう。
「はー…整備の続きしよ」
誤魔化すように俺はまた仕事を始める。
どうか、この騙し騙しの平穏が長く続きますようにと願いながら。
八月十五日 巴の両親について
人ならざる人型存在『外存在』達を把握・共存を目標とする組織で活動する主人公、結(ゆい)。その先輩、八月十五日(なかあき)の過去。
いつの間にか親がすり変わっていたかもしれないっていうやつ。
現在修正中なので、ちゃんと書きたいなぁ。
俺の両親だ?普通だよ普通。
なるほど、俺がめちゃくちゃ強いから親もそれ系統だと思った、な。
まぁそう思うさな。
じゃあまずは俺の実家の話でもするか。
ンだよ、意外そうな顔して。お前はこの『組織』に所属してるし同じ支部職員だから大丈夫だろ。
意味ありげだって?
そりゃあな。
俺の両親についてはこの『組織』である程度のキャリアがないと知っちゃいけねぇんだ。無論、俺も教えちゃいけねぇしな。
……何処行こうとしてんだ。逃げんなよ。
そろそろ盆だし、近々俺の両親から電話がかかってくる。お前、絶対巻き込まれるぜ。予習だと思って聴きやがれ。
俺の地元は結構な田舎でな…あとは廃れるだけの過疎化一直線な所だ。
んで、実家はその地域の神社を管理していた。いわば神職の家系だな。といっても周辺は人は少ねぇし、これと言った大きな行事もない。足場の悪い階段をそこそこ登らないとで、爺婆だらけな集落だと日常的に人が来ない。
人が来るなんて年末年始ぐらいだろうかって感じだ。
だから何かやるとしても、だいたいは神社の掃除をしたり、たまに末社の様子を見に行ったりするぐらいだったな。
八月十五日(なかあき)なんて珍しい苗字も家系の問題でなったんだとか。8月15日は旧暦の十五夜らしいぞ。詳しくは知らんけど。
話を戻してだ。
俺が高校一年生の夏。盆が過ぎたあたりだな。その時の俺は上京して学生寮に住んでたんだ。
地元は田舎過ぎて不便だったから、俺含め大体の奴らはそうしてた。
んで、大型休みの時に実家に戻ってくる感じで無論俺もそうしてた。
数少ない地元の友人と宿題したり、学校の話をしたり、バカ騒ぎしてまさに青春の日々だったぜ。
勿論、神社の手伝いも忘れてねぇよ。久々に地元に帰ってきたんだ。そん時はそこそこ張り切ってたさ。
んでだ、ここからが本題。
そう…さっきも言ったが盆が過ぎたあたり。俺は末社の掃除をしに行った。
あぁ、末社ってのは簡単に言うと本殿とはちょい離れた所にある小さな社だ。
廃れてても一応しっかりあるんだよな。
でもほぼ山の中の神社だ。
本殿以外は結構草木が生い茂ってたし、両親も神社の管理しながら別な仕事就いてたみたいで数ヶ月は手入れがされてなかったんだ。
雑草が生い茂ってたから、とりあえず末社の周辺だけでも抜かねえとなぁと思って早朝の涼しい内に取り掛かったんよ。笹や太い茎もあって、屈みながら小さい鎌で切ったりもしてさ。
んで、屈んで作業してる時に、社を支えてる柱と地面の隙間から何かキラリと光った物が見えたんだ。思わず手を伸ばしたさ。
それは、『結婚指輪』だった。
傍にもう1つ同じ物があって、当然拾う。なぜ結婚指輪だと解ったって?そりゃあ、両親がいつも身につけていた物と同じだったからさ。
指輪の内側には結婚記念日の8/15と掘られていて、間違いなかった。
『苗字を記念日にしたら忘れないでしょ?』と言っていたのを覚えている。
ただそれだけなら…偶然にも、2人共ここで指輪を落としただけと『勘違い』をしたまま日常を過ごす事ができた。
でも出来なかったんだよ。
俺は、指輪が転がっていた近くにまた別な物を見つけた。見つけてしまった。
カラカラした、白いチョークみたいな欠片。
その瞬間、嫌な汗がどっと吹き出た。
チョークみたいな欠片は『人骨』だ。
素人でもわかるぐらい綺麗な指の骨。
そのひと関節。
動物の骨と思いたかったが、結婚指輪と一緒にあるのがダメだった。あの時の俺には人骨以外思い浮かばなかったし、残念なことに、人の死が溢れてるこの組織である程度の知識がついてしまった今の俺は、あれは人骨だったと確信して言える。
「なんだよこれ…」
絞り出せた言葉は陳腐な言葉だった。
当然、ド田舎の廃れた神社の中。
誰にも聞こえやしない。
でもな、そこでタイミングよく「巴ー?」「どこにいるのー?」と俺を呼ぶ声が聞こえたんだ。
それは間違いなく俺の両親だ。
『心配してきてくれたのだろう』と骨と結婚指輪を見つけてしまう前の俺なら素直に思えたが…正直言って、現状は意味がわからなかった。
そういえば両親は俺が帰ってきた時に結婚指輪はつけていなかった。
特に気にしていなかったが、いつもつけていた宝物だった筈なのに。
足音はどんどん近づいてくる。
どうする?
『掃除をしていたら骨が見つかった』と正直に伝えるか?
ならこの結婚指輪は?どうしても、無関係に思えないんだ。
そう考えてる内にもさらに近づく足音。
「お、末社にいたのか。だいぶ綺麗にしてくれたんだな〜」
「朝ご飯出来てるわよ。一回帰りましょう」
「…うん、ありがとう。父さん、母さん。だいぶ終わったぜ」
俺は一旦、全て隠した。
人骨は柱と地面の隙間に転がして、2人の結婚指輪は咄嗟に服のポケットに入れたさ。なんだかな、家族を疑うように考えるのは疲れのせいだとか、人骨は見間違いだとか適当な言い訳を自分にしてよ。俺は家に戻ったんだ。
でも一つだけ、確認したいことがあった。
「なぁ、2人の結婚記念日って覚えてる?」
「どうした?急に」
両親は朝飯を食べる手を止めて、不思議そうにこちらを向いた。
「いや…いつもならこの時期『どこに旅行に行こう〜!』って騒いでるから」
「そうだったわね!…ど忘れしちゃってたわ。歳かしら?」
「……そっか。8月15日だろ?苗字と同じにしたって何回も俺に話してくれてたじゃねーか」
「あぁそうだったな!仕事が忙しくてすっかり忘れてた。そうだな〜。旅行の予約はとれないから、何か三人で美味いもの食いに行くか!」
「いいわね〜!海鮮なんてどう?」
「そ、そこは2人で相談してくれよ…。2人の記念日なんだからさ」
その時の俺は何とか誤魔化した。
…誤魔化せた、と思う。
ここら辺じゃ1番仲の良い夫婦と呼ばれていて、結婚記念日には旅行に行く2人が記念日を忘れるはずがないんだ。
末社で見つけた人骨と結婚指輪が頭をよぎる。
ただその奇妙な違和感のせいで俺はそれとなく距離を置くようになってしまった。
「そういえばさ、巴ん家の父ちゃんと母ちゃん」
「ん?」
それから二日後、友人の家で少し残ってた課題をやってた時に、些細な違和感は疑心に変わった。
「四月にバスツアーで出掛けた時に事故にあったんだろ?」
「…え?」
一気に血の気が引く。
「一緒に行ってた俺の母ちゃんも巻き込まれて足折ったんだよ。父ちゃんは軽く頭打っただけだった。でも。よく二人とも大きな怪我しないで帰ってこれたよな。言ってなかったのか?」
「は、初耳…」
「大して怪我してなかったんなら連絡しねえか」
「…お前の母ちゃんはもう大丈夫なのか?」
「おう!『心配かけたくなかったから』って治ってから連絡きてさぁ〜。マジ焦ったぜ」
「そうか…。無事で良かったな」
「…どうした?顔色悪いぜ」
その時の俺は酷い顔だったんだろうな。正面にいた友人の顔はやけに心配そうな表情をしていた。
「…やっぱ帰るわ。ちょい横になったら治るべ」
爆発しそうなぐらい音が鳴る心臓を隠しながら、俺は友人の家を出た。
あの時は宙ぶらりんな気持ちだったな。
そのまま家に帰って、晩飯の時間に訊ねたんだ。
「春先に行ったバスツアーで事故にあったんだろ?なんで教えてくれなかったんだよ。本当に怪我とかなかったのか?」と。
両親は「運良く何も無かったんだ」と、いつもの声色と調子で返されて終わった。自分の中の疑心がどんどん濃くなっていったさ。
どうにも腑が落ちなかったんだよな。
かと言って、末社で見つけた人骨について目の前の両親に訊く事は出来なかった。
訊いたら後戻り出来なくなりそうな感じがしてさ。おかげで俺は命拾いしてるのかも知れないけど。
ん?物騒な話になってきただって?
まぁ本題はここからだ。
俺は人骨を確かめに行こうと思ったんだ。さすがに夜は怖いから日中にな。
神社って夜だと余計に不気味なんだよ。意外と洒落にならねぇからな。
もちろん、親には内緒にした。友達と宿題の続きしてくるとか適当な嘘ついたっけ。
人骨を見つけた場所は狭い隙間だったからな。小さいシャベルで掘るしか無かった。誰かがそこに埋めるにしたって手前になる筈だろう?だから少し掘って、指以外の骨があるか確認するだけにしようとしたんだ。
とにかく俺は、少しでも確信できるモノが欲しかったんだ。
昼少し前に取り掛かる。
この前見つけた人骨はそのまま地面に転がっていた。
さく、さく、と、ほとんど這うような格好をしながら手探りで掘り進める。
程なくしてシャベルが何かに当たった。取り出そうとしたけど難しくてもたつく。
盆を過ぎてもまだ夏だ。とても暑かった。
そしてあの、暑さ特有のイラつきも出てきて…そうだな、思考が狭まってたんだろうな。最終的には素手で引っ張りだそうとしたさ。
その時めまいがした。
多分、長時間変な姿勢であんな風通りの悪い場所にいたせいだな。
そして、あっけなく倒れちまった。
目が覚めたら診療所だった。
すぐ側に先生がいて、どうやら熱中症で倒れちまったところを両親が見つけて事なきを得たと説明してくれた。
あのまま倒れていたら命の危険があったみたいだ。
そう、あのタイミングで絶対遭いたくなかった両親が見つけたんだよ。
先生の説教なんか全く聞こえなくて、人骨を掘り出そうとしたのがバレたのかと真っ先に思った。あの時はまだ生きてる心地がしなかったさ。
そしてついに、先生と入れ替わりで両親がポカリを持ってやってきた。
そのまま、いつもの様に叱られた。
バレなかったのか…?と少しだけほっとしたような気がする。
「そういえば巴、なんで末社にいた?友達と宿題するんじゃなかったのか」
父が訊く。当然だよな。
「ひ、昼前だからって一旦別れたんだよ。んで暇になったから家にシャベル取りに行って、まだ途中だった雑草抜きしてたんだ」
咄嗟の言い訳にしては我ながら上手くいったと思うぜ。声は上擦ってたがな。
問題は、両親が末社の柱と地面の間を覗いたり、俺が人骨っぽいものを取りかけたことがバレてないかだった。
……結論から言って、そんなことはなかった。 両親は素直に納得してくれたさ。
俺が倒れてたから周りをよく見てなかったのかも。良かった。本当に良かった。
……そう思うことにした。
余計な詮索は不必要な気がしたんだ。藪蛇に近いかな。
『実はあそこに人骨があったんだ』とか『2人の結婚指輪が末社に落ちてた』とか『本当に2人は俺の両親?』とかは訊けなかった。
あれ以上踏み込んだら、あの頃の俺は両親を両親と見れなくなってしまったと思う。
その瞬間、俺には『良くないこと』が起こるとびびっときた。
昔からこういう勘はいいんだよな。俺。
そうだ…あの頃から、俺は純粋に両親を両親として見られなくなった。『両親の姿形をした何か』としか見られなかったんだ。
でもな、姿はもちろん性格も、癖も、記憶も変わらないんだ。だから俺の過度な妄想かもしれない。そう思いつつも、やっぱり俺は怖かった。
あれ以来、俺は地元へ帰る回数を少なくした。家に帰ったあとも神社には行かなかった。
そして大学…俺の場合は自衛隊的なやつなんだが。それっきり実家へは帰らなくなった。毎年実家へ戻ってこないのかと電話が来るが、忙しいと言って行かなかった。
戻ったらあの末社が気になって仕方ないし、とにかく疑心暗鬼になって休みどころじゃねえ。
さて、ここからはうちの『組織』が絡む話だ。
ちょいホラーみたいで怖かったか?はは、ここからはテンポよくいくぜ。
俺は大学卒業後、そこそこな特殊部隊に所属したんだ。運動神経良いしな。その時に岡本さんにスカウトされて、今の『外存在組織91地区支部』の職員となった。
でもあの人は本当に意地が悪い。
俺をスカウトした理由は運動神経の良さだけじゃなかった。俺がある『外存在』と接触して、かつまだ繋がりがあるかららしい。
ここまで聞いたら解るだろ?あの両親さ。
最初は驚いたよ。でも合点がいった。あぁ、やっぱりなって。
話の初めに、盆近くに俺の親から連絡が来るっつったよな?そして俺は、毎年それを断わっていたと。
でも今年は違う。お前がいる。
『人外の言葉が解り、話せる体質』のお前、結・モーゼフが。
上層部は俺とお前を使って接触を試みるらしい。もちろん、拒否権はない。
推定危険度 5 『無尽蔵の父母』
こいつらは各国で基準とされている未成年の子供の前に現れる。わかっていることは、その父母が自分の子供がいない場所で死んでしまった際に、特定の条件下で出現し、誰にも悟られぬまま、その両親に『成り代わる』外存在だ。理由も目的も不明。
問題なのは、世界中を監視しているウチの組織が、その『総数』の把握が出来ていないこと。
…そう、この外存在は一体だけじゃない。今言った『条件を満たした未成年』なんか世の中に何処にでも居るだろ?そして、コイツらは全世界どこにでも、無尽蔵に現れる。確実に今も出現して、子供が成人になるまで、たくさんの『何処かで死んだ』両親に成り代わってる。当然見分けもつかない。
人の死を偽装する、得体の知れない外存在なんだ。
「親かと思っていた人間がいつの間にか死んでいて、親じゃない『何か』にすり変わっているかもしれない。最高に、不気味だろう?」
イヴァン・アレクセイの300秒
クトゥルフ的な神話事情によく巻き込まれる小説家と一緒に住んでる少し訳ありな留学生の小話
だいぶ前にTwitterに載せたやつの加筆verです。でも短め
時刻は21時。
自身が通う大学の課題をサークル仲間と駄弁りながらこなしていたらこんな時間になってしまい、足早に居候先へ帰る。
少し部屋数が多い普通のマンション。去年から俺はここでホームステイをしている。
単純に親同士が知り合いで、俺が日本に留学したい旨を話したらここへ行き着いた。
居候先の家主は4歳ぐらい年上の小説家。言葉の表現力が豊富で、自分の拙い日本語を補ってくれる人でもある。
「ただいま帰りマシた〜。……あれ?」
玄関を開けて暫くしてからの違和感。
いつか何処となく感じる家主の気配がない。
しかも彼は1週間前、取材と言って唐突に遠出をし、これまた唐突に昨日有り得ないほど疲弊して帰ってきた。
理由を聞いても『酷い目にあった』の一点張りでそのまま部屋で寝ていたし、ああなったら2日は部屋に引き篭る男だ。
その彼が居ない…?
1番に仕事部屋を覗くが原稿が散らばっているだけでやはり姿はなく、不安に駆られながらも居間へ行くと、薄らと肌寒さを感じる。
そのまま視線を向けるとベランダへの窓が全開になってカーテンが揺れていた。
嫌な予感がする。
脳裏に、帰宅時に見たあの有り得ない疲弊と『彼を混沌へ巻き込む存在』がチラつく。
色々と考える間もなく自分はベランダへ向かい、カーテンを乱暴に開けた。
「あ、おかえり」
柵の下を覗き込もうとした瞬間、真横から掛けられる聞き馴れた声に、ぽかんと口を開けた。
面白いぐらい自分は間抜けな顔なんだろう。振り向いた先に居た男は目の下に濃い隈を携えながらも苦笑していた。
「ンだよ。俺が飛び降り自殺したとでも思ったか?そりゃミステリーやホラー性に欠けるな」
そう言って彼は…司さんは持っていた煙草に火をつける。味を確かめるように深く吸って名残惜しく長く煙を吐いた。
一連の流れが終わってから俺はようやく口を開く。
「そりゃ驚きマスよ?あんなに疲れて帰ってきたのに何処にもいないんですから」
「部屋で煙草を吸うのは嫌いなんだよ。本や原稿に引火したらどうすんだ」
「…1週間何してたんですか?」
「旅館で騒動に巻き込まれて、殺人犯に仕立てられてなぁ」
「お、oh…それは災難デスね」
「だろ?次の小説のネタにしてやる」
小柄だが歳上な男性は心配かけまいとはぐらかすが、俺は何となく彼の置かれている状況を知っていた。
当然、それに同行できないもどかしさもある。
いつの間にか彼は2本目の煙草に火を付けていた。
「ペースが早いデスよ。体に毒デス」
「……300秒」
ぽつりと零す数字に思わず「?」が浮かぶ。
「煙草1本吸うと300秒寿命が縮むんだと。緩やかな自殺だな、こりゃ」
無意識だろう。自虐気味に笑う彼に何を返せばいいか解らずにいると、おもむろに差し出される煙草。
「成人してんだから吸えるだろ?」
ライターを借りて火をつけ、煙と落とされる灰を眺める。
「タチの悪い人だ」
煙草の匂いは独特であからさまに顔を顰めてしまった。
「外国人がそんな日本語何処で覚えてくんだ」
「目の前に乱暴な言葉遣いをする人がいるので。そんなにスパスパ吸って、生き急いでも良いことナイデスよ?…あ、」
ついポロリと本音が出てしまい、口が滑ったと後悔する。
しかし彼は不機嫌になる様子はなかった。
「確かに、きっと俺は死ぬ間際に『あと300秒あったら』って後悔するな。でも病気で死ぬとかじゃなくて呆気なく、後悔する間もなく一瞬で死ぬ可能性もある。なら吸って死んだ方がいいだろ」
「……今度遠出する時はオレも連れてってくださいネ」
苦し紛れに返す。
彼の言葉の裏に隠された真意に何となく勘づいてしまった。
声が震えてしまったが、彼は気づいていないかの様に無視をして、そのまま話を続ける。
これだから大人はずるい。
「おめー大学生だろうが。長期休みの時は連れてってやるよ。じゃ、また寝るわ」
まだ半分ほど残ってる2本目の煙草を雑に灰皿に押し付け、彼はベランダを後にする。
猫背で細い背中を見送り、まだ自分の指に挟まっている煙草を口に当てて、そのまま息を吸う。慣れない煙と匂いに当然むせ込んでしまった。
「…やっぱり不味い」
恐らく司さんは、あの混沌の神が飽きるまで弄ばれる運命なのだろう。
それが腹立たしく、同時に何も出来ない自分も嫌いだ。だからせめて、この煙草だけは吸いきる。
『煙草1本につき300秒寿命が減る』と彼の言葉が頭によぎった。
何も出来ないならせめて寿命だけは彼に近づけたいと思ってしまったのは、可笑しな話だ。
貴方が緩やかな自殺をするのなら、後を追うのも吝かではない。どうしてかそう思ってしまった。
伝わらずして事件は解けず
私の創作話、『Immortal』と『彼の存在たちへ』のクロスオーバーです。エテルが所属している犯罪課で、不可解な言語を話す被疑者を担当することに。そこに、元言語学教授の結がやってきます。エテルと同じく、よくわからないまま話が進む感じになってほしい。
ただの事件ではなく特殊・異質な凶悪事件を担当する部署『異常犯罪捜査課』
少数精鋭ながら良くも悪くも個性的なメンバーが集まるそのオフィスのソファーで呻きながらもたれ掛かる男がいた。
「わかんねーー!!!!」
手元に散らばる資料を吹き飛ばすかの勢いで叫ぶ白髪の青年、エテル・トッシュ。最近この部署に配属されたプロファイラーだ。中性的な見た目だが、琥珀色の瞳を睨ませ近寄り難い雰囲気を出している。現在はオフィスに誰もいないので近寄る者もいないのだが。 だからこそ好き勝手出来るのをいい事に、散らかし放題にしている。
「ほう、この国と周辺国の消滅危機言語一覧か」
「げ、」
そんな中、するりと後ろからパーソナルスペースに入り込む男…アンヘルが散乱している資料をざっと読み返す。
「犯人は突き止めたし、しばらく放置で良いんじゃないか?少なくとも俺達の仕事は終わった」
「よくねえよ。数日かけて家族全員殺した奴だぞ?早く証拠を相手に突きつけて動機吐かせて独房ぶち込まないと」
「いつにも増して口が悪いな」
「ケッ」
時は少し遡り5日前。
ある家族全員が自宅で殺害された。
遺体と現場の様子から数日かけて1人ずつ殺害されたこと、更に不可解な点は1人ずつ殺害されてるにもかかわらず、日常生活が行われた形跡があるという犯人の特異性が垣間見えたため『異常犯罪捜査課』に回された事件。
そして当事件はプロファイラーのエテルと、バディである犯罪コンサルタントのアンヘルが担当した。
結論から言えば…犯人はその二日後に捕まえることができた。
しかし、その本人が『聞いた事のない言語』を使い話しかけてくるので、こちらがどんなに証拠を並べようが動機を聴こうとしようが確認が取れない状態が続いている。
「んで、何の用だよ」
「結果が出たぞ。言葉が通じないと仮定して、絵や図形のみで行った精神鑑定はクリア。分析班によると被疑者が話してる言語は規則性があるがどの言語か未だ不明。もしかしたら暗号かもな」
「やっぱりなー。文字もダメだろ?」
「あぁ。さながらヴォイニッチ手稿だ」
「そこはクリプトスだろ」
クツクツとアンヘルは笑い、テーブルを挟んで正面のソファーに静かに座ってから再び口を開く。
「何故、この国と周辺国の言語に絞った?」
「まず被害者の知り合いで…って感じでオレ等はあの家の奥さんの仕事で絡みのあったアイツを捕まえたよな。アリバイは有りだったが、穴があったし十分過ぎる変態的な動機も見つけた。まぁそれを本人から確認取れないのが一番の問題だが。決定打は、あんな手の込んだ殺害方法だ。一家がどんな一日を過ごしているか監視するのは当たり前。周辺の目を誤魔化すために人の少ない時間も調べないといけないから土地勘もないと出来ない『家族ごっこ』だ」
「国内でも複数の言語があるからな。例えだが、こんな小国でも南の海沿いは何言っているのか分からないほど訛りがある。…で。調べた結果は?」
紅い瞳が細められ、アンヘルは視線を送る。エテル自身が何を言うのか既に解っていて訊くのだからタチが悪い。
「……該当ナシ。マジ自作の暗号で喋ってんじゃねえの?って言いたくなる」
「ーーはぁい!というわけで、犯人は捕まえたけど何語かわからない言語で話してるのでお手上げな状態だけども〜」
頭痛が酷くなりそうなどん詰まりの中、バン!!と扉を開けて唐突に現れるのは『異常犯罪捜査課』のリーダー、ボス・アルフレッド。ふざけた名前だし恐らく偽名だ。周りには自分のことを『ボス』と呼べと強要してくる。
「担当なっちゃたからね。僕の面子もあるし、言語に強い子呼んできたよぉ」
「呼んできたって、今いるんですか!?やば、片付けないと…」
散らばった資料をかき集めるエテルを他所に、ボスはオフィスに来客者を引っ張りこんだ。その人物も唐突だったらしく、若干もたつきながら部屋へと入る。
背の低いボスに引っ張られ、1番先に目に入ったのは白衣。なるほど、学者か。とすぐに予想出来た。言語に強い人と言うぐらいだから、教授だろう。更にその後ろからアンヘル以上に背が高くがっしりとした体格の男が入る。
「あ、散らかってるところ親近感湧きますね」
「オメー、片付けないで来たもんな」
「はいはい、こっちの言葉で話してくれるー?」
来客者が話す言葉は日本語で、その珍しさにアンヘルですら顔を扉の前へ向け、ようやくソファーから立ち上がった。
白衣を着た男は控えめで穏やな印象を残す茶髪に深い青色の瞳。おそらく日本ではなく外国の血も混じっているハーフだろう。
「結(ゆい)・モーゼフです。元言語学教授で、今は言語関係の研究をしています」
続いて隣にいる、染めたような橙色の髪を短く揃えた男が結と名乗った男に促され口を開く。
「あー、こっちは名前が先だっけ?…巴 八月十五日(トモエ ナカアキ)だ。物騒な事件なんで、コイツの護衛として来た」
流暢なこちらの言葉で話す二人に続いて、エテルとアンヘルも名乗り握手をする。
そして結は、エテルが持っている資料に気づき、1枚受け取った。
「消滅危機言語ですか。いい着眼点ですね」
「ありがとうございます。…でも、糸口が見つからなくて」
「ま、今回は無理だわな…おい!」
呆れるように言う八月十五日を、結は肘鉄で諌める。
「暗号ということか?」
「Mr.アンヘル、それは少し違います。だから私が呼ばれたんでしょう」
元教授の言葉に、アンヘルは眉を潜める。誰から見ても美貌と言えるほどの顔を持つ彼の睨みは、常人なら多少怯んでしまうが、結は臆することなく正面から見据えて一瞥すると、ボスの方へ向き直った。
「じゃあ早速、面会は出来ますか?」
「もう手配した。着いてきて!ほら、二人も!」
「えっ、」
予備知識もなく結は被疑者に会おうとしている。その危険と意味にエテルはつい声を上げてしまった。
当然の反応に、ボスは意味ありげな含みのある笑みを浮かべる。
「大丈夫。彼はそのために来たのだから」
「優秀な武闘派が二人もいるんだからねー」と、八月十五日とアンヘルのことを指し先頭を歩いた。
「道中で事件の経緯を教えてもらえませんか?」
「はい。まずーー…」
ーーーーーーーーー
取調室に着いたのはそれから5分後だった。机と椅子が置いてあり、壁には意味ありげなガラス。当然マジックミラーになっており、ミラーを隔てて隣の部屋は、そのガラス越しに取調室を見ることが出来る。
しかし今回、この隣の部屋は使わない。皆取調室に集まることになっていた。
椅子に結とエテルが座り、その後ろに八月十五日とアンヘルが立つ。扉のすぐ近くにはボスが佇んでいた。
「じゃあ、結くんが被疑者に事のあらましを伝える。エテルくんがその補足で、都度結くんが翻訳と通訳をする感じでヨロシクね」
「まるで相手の言葉がすぐ分かるかの言い方だな」
「……共犯者とか疑ってんのか?いいから黙って見てやがれ」
八月十五日が棘のある有無を言わせない圧を掛けながらアンヘルに言うが、涼しげにそれを受け流した。
自分達の後ろで殺気のようなピリピリした緊張感が走る中に、ガチャリとドアノブが回る音に全ての意識がそちらに向けられる。
警官に連れてこられたのは30代前半の男だった。
白人で癖のあるくすんだブロンドヘアー。グレーのパーカーを着ており、痩せ型。顔も普通。どこにでも居るような男は結と机越しに座って対面する。見慣れない白衣の男と奥に控える男にニヤニヤと、これから起きることに楽しみなのか口元が大きく弧を描いていた。
身分証で確認できた名前は「トマソン・ラミアー」
プロファイリングと証拠の結果、彼がひと家族を、家族ごっこをしながら一人ひとり殺害した犯人であると物語っていた。
しかし、冒頭のように彼は未知の言語、あるいは自作の暗号を使い意思疎通が困難である。
そこに呼ばれた、元言語学教授。
彼はまだ28歳らしい。若くして『元』教授だったり、今もこのどちらかと言うと非現実な状況に落ち着いているのが、表情と姿勢で良く分かった。
「……アルフレッドさん」
「結くん、ボスで良いよ」
その結が、初めて緊張を見せる。
刹那の静寂が肌を貫く感覚だった。
「…ボス。本来ならMr.エテルMr.アンヘルのお二人には退席してもらう所ですが、本当にいいんですね?」
「うん。彼らも人の道を片足外してるからね」
「『危険度』は?」
「暴れても普通かな。ここにいる奴らで取り押さえれる。その変わり、二人は他言無用で頼むよ。命令ね」
結の質問に淡々と答え、容量の得ない命令を部下二人に一方的にする。
裏を返せば、「これ以上何も聞くことは許さない」と警告をしていた。こうなったボスに質問しても意味が無いし、命令を破ると本当にどうなるか解らないのを、エテルとアンヘルは経験上知っている。
結は苦笑してから1回深く息を吐き、再び被疑者…トマソン・ラミアーに向き直った。そして口を開く。
「初めまして、私は結・モーゼフと申します。私はあなたの言葉を、ここにいる捜査官達に伝えるために来ました。あなたの言葉で、あなたの名前を教えてください」
静かに、それでいて堂々と結は被疑者に語りかけた。
『ーー、ーーー!ーー。ーーーー?』
一瞬驚いたのか目を大きく開き、被疑者は続いて話す。
当然、エテルとアンヘルには何を言っているか分からない言葉。
解るのは、ついさっきまで消滅危機言語を調べていたエテルが、隣国の山岳地方で使われてる言葉に何とか辛うじて似ていることが解ったぐらいだ。
しかし、結は理解したかの様に頷く。
そして、
『ーーーー。ーーー?』
彼と同じ言葉で返した。
「へ…?」
「…………」
エテルが驚き、アンヘルが興味深そうに結を見ると、八月十五日がちらりと隣の男を睨む。
自分が睨まれていることに気づいたアンヘルは『勘が良い奴』と、含み笑いをした。
驚いている周囲を他所に、結は対話を続ける。おそらく事件の概要や動機を伝えているのだろう。時々現れる身振り手振りから、どれを話しているのか何となく予想出来た。
「…あ、Mr.エテル」
「は、はい!」
「トマソンが『何故俺がこの殺人に至ったのか、動機を答えてみろ』とのことです。私が伝えるので、お話ください」
「……わかりました」
ひとつ息を吐き、歪になってきた取調室で口を開く。同時翻訳は滞りなく行われ被疑者は目を伏せながら、心地良い音楽を聴くように時々頷いていた。
「以上だ。どうだ?」
『ーーーー!!』
一通り話し終わったあと、犯人はぱぁと目を輝かせ拍手をした。そして声を張り上げ大笑いする。
「お前…ッ!」
思わずエテルは怒りが込み上げ、掴みかかろうとした。
家族全員を数日間いたぶって、身勝手な家族ごっこを強いた挙句殺しておいて、何を笑っている。
ふざけるな。と
その瞬間、パチン!!と被疑者が指を鳴らした。指を弾いただけなのに、やけに大きい音がエテルの鼓膜を揺らす。
すると、突然内線が掛かってきた。
後方に控えていたアンヘルが受話器を取ると、聞き慣れた声…同じ部署に所属し、解剖医のゾイが返事を聞かずに叫び倒す。
『検査していた被害者たちの遺体が消えた!!』
「「……は?」」
その大声は、離れているエテルにも聞こえ2人同時に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
被疑者もとい、犯人のトマソンは満面の笑みで再び拍手をする。
結はそれを見て呆れたように苦笑すると、扉の前にいるボスに話しかけた。
「……終わりました。お二人の推理は合っていたみたいです」
「関係者は例外なく『いつも通りの対応』でいいんスね?」
おもむろに八月十五日が被疑者の傍に向かい、立ち上がらせる。
勝手な行動に、エテルは静止させようとしたがボスが片手を上げ、やんわりと止めた。
「ご苦労さま。じゃあ、そのまま連れて行っていーよ」
「……えっ、引き渡すんです?」
「そう。ここからはこの人達の仕事」
「……ボス、良いのか?」
八月十五日が何かをボスに確認する。目線の先はエテルとアンヘルだ。彼らにとっては、この二人は協力者であれど詳細を知られてはいけない人間らしい。
エテルはゴクリとつい唾を飲む。
「うん。あー、このふたりはいいかな。ボクから話しとくよ」
「了解です」と簡潔に結は返事をすると、八月十五日が被疑者を軽く手を拘束し、手元の鎖に繋いでから引っ張るように連れて取調室を出ようとしていた。
急いで後ろを着いていき、ふとエテルに再び声を掛ける。
「お疲れ様でした。腑に落ちないことありますよね…。自分からは何も言えないんですが、縁があればまた逢いましょう」
「……はぁ」
釈然としない結の言葉にとりあえず返事をし、別れの握手をし終わるとじゃらりと鎖を鳴らしながら犯人が割って入ってくる。一瞬たじろぐが、手の拘束があるため害はないだろうと思い出し、琥珀色の瞳で睨んだ。
一種の侮蔑が含まれる睨みに、無言だった犯人はエテルと見てニカッと無垢に笑い、口を開く。
「鮮やかな推理に惚れ惚れしたよ!『脚本』を書いた甲斐があった。じゃあね!」
そう、全員が分かる言葉で。
「……喋れたんじゃん…」
パタン、と扉が閉められしばらくの静寂の後、エテルがようやく呟いた。
「…どういうことだ?ボス」
釈然としないエテルが呻きながら机に突っ伏している中、久々に口を開いたアンヘルが問う。
「それは内緒。君たちは君たちの仕事をした。犯人は犯人のルールに則り、敗れたので元の場所に戻る。遺体はない。証拠品もない。なんなら事件もない。それが全てだ。事件のことを蒸し返しても、誰も覚えてないし、知らないよ。君たち以外は」
「喋るなってことだな。めんどくさい事だ」
両手を上げて大袈裟に困った様にアンヘルが結論づけるとボスはにんまりと笑う。
「そゆこと。お給料は弾むしなんなら2時間後にディナーの予約もしてあげたよ。この場所に行ってささやかな打ち上げをしてくれ」
「タダ飯!!」
ーーーーーー
後日談1
一方、結と八月十五日は被疑者もとい犯人 トマソンを別の人間に預け、『諸々の手続き』を見届けた後、帰りの飛行機に乗るため空港にいた。観光したがったがあくまで仕事。ほぼ弾丸日帰り日程だ。待ちの時間にようやく一息つく。
「…あの黒い服の男。アンヘルだっけ?」
「あー、八月十五日さんが突っかかった人か。ハイブランドのモデルかな?と思うぐらいかっこよかったですね」
基本、他人には無関心…ましてや『状況』を知らない関係者には一言も話さないことが多い八月十五日がやけに攻撃的だったのを結は感じ取っていた。
「アイツ、やべー感じする。底なしサイコパスみたいな」
「え?普通っぽかったですけど…」
「お前を見てる時の瞳が獣のそれだ。値踏みだよ値踏み。お前のその『初めて聞く言語を解読できるし話せる脳』はどんな仕組みをしてるんだってな。中を開いて確かめたいって感じ」
こういう時の八月十五日の勘は正しい。長い間『組織』に所属し、現在自分達が担当している地区の副部長。しかも対人戦闘担当だ。今日の護衛だって、もしもの時のためにと八月十五日自ら着いてきてくれたのだから、結は口には出さないが彼には感謝している。
「ひぇ……。ボス…『副本部長』が趣味で作った捜査班でしたっけ?やばい人ばかりなのかな…エテルさんは普通っぽいけど。すごいプロファイリングでしたし」
「わかる。ありゃ振り回されてる感じだな」
「ですね。……あ、今回の『外存在』って確か」
『外存在』と聞き慣れない単語を、結は思い出したかのように呟く。
そう…彼らは世界の裏で、人に近しいが人では無い常識と力を持つ存在『外存在』達を把握し、共存を目指す組織に所属していた。
通常、外では他言無用な言葉を呟く結。
ここは空港の中であっても、実は『組織』専用のエントランスだ。横を通る人達は皆、『組織』に所属している。
それ程までにこの『組織は』大きい。
ここなら特に禁止されていない内容であれば話しても問題ない。
「危険度2の『脚本家』だな。基本大人しいし担当部署で日々執筆に明け暮れてる奴だが…奴が完成させた『脚本』は現実に反映される。しかもバリバリのミステリーもの。脚本家自身が犯人になり、『10日以内』に謎が解かれれば現実が元に戻る。逆に10日が超えると『脚本』に沿った新たな事件がまた起こるっていう何ともややこしい『外存在』だ。まぁ解かれれば遺体も物質も事象も全て消えるけどな」
八月十五日が忌々しく振り返る。
…そう。今回の事件は外存在『脚本家』が0から10まで考え、現実に反映した『脚本』だ。その緻密さは本当に生きているかのように、登場人物の0歳児から…なんなら家系図まで練られている。
「トールキンに引けを取らない設定の練りですよね。それがただ1つのミステリーのために創られたんですから、圧巻です」
「現実に反映しなけりゃ書籍化してやっても良い出来なんだけどな…。しかも、こいつは自分が被疑者になってそれを俺ら人間が解くのを楽しみに待っている。何様だっつーの」
何故こんな力を持っているのか?彼は何処から来たのか?それは解らない。そうやって『外存在』は捉えることの出来ない蜃気楼のように現れ、世界の均衡に大きく、下手をすれば一生の爪痕を残す。
今回の『脚本家』だって、このまま放置すれば謎の連続猟奇殺人事件が延々と世界中を騒がせてしまうのだ。
事件を解決すれば『脚本』として創られた人や被害者、物質、事象全てが消えて無くなるが、関わりを持ってしまった一般人の記憶は消えない。
故に、早く解決しないと一般人が目撃者になったり警官が介入して記憶操作などの後処理が増えてしう。
世界全体で見れば些細な事件でもゆくゆくは波紋を拡げる。あくまで世界の裏側で活動している身としては迅速に解決しないといけない事象だった。
「今回は優秀な捜査官さんが担当してくれたお陰で、事件に関与した警察と解剖医達だけの記憶処理で済みましたが…。何故今回は自らの言葉を使ったんだか。ずるくありません?普段は使わないんでしょ?」
事件と言うのは証拠やアリバイの他に、本人の自供が少なからず必要である。なのに、今回は『外存在』として自らの言葉で話すものだから、否定も肯定も理解できない状況に陥っていた。
もし、言葉が解る結がいなければ、『脚本家』はいつの間にか留置場から抜け出し、また新たな事件を起こしていただろう。そうなれば、どんどん手が負えなくなる。
「どーせお前を誘ってたんだろうよ。自分の言葉で話せる奴がどんなもんか見たかったんだろ?」
「うわ…最近このパターン多くて嫌だな…」
今日一番の怪訝な顔をして俯く結。
思わず…自分が新人の頃に突然意味もなく、赤く紅く美しい『外存在』に切られた首の傷跡を撫でてしまう。
少し間違えれば…下手をすれば視界に入っただけでこちらの命なんて紙屑以下。未知の存在との対話は、いくら平静を装っても恐ろしいモノなのだ。
この組織に入ってしばらく経ち、何とか今日も生きている自分はつくづく幸運だと思う。
タイミング良くアナウンスが鳴った。
はぁ…と溜息をつき、キャリーケースを転がす。この中身はほとんど同僚へのお土産だ。
「本来なら、あの捜査官二人の記憶も消す筈だったが…副本部長がいいって言ったから大丈夫だろ。案外『こっち寄り』の奴らだったりしてな」
「俺みたいに組織に強制入社させられるよりはマシかも知れませんね」
「どうだが。あ、土産買ったか?」
「買いました買いました。空港のよくあるやつですけど!」
「うちのヤツらめちゃくちゃ食うからなぁ」
ーーーーー
後日談2
「にしても不思議な事件だったな」
ボスに言われた通り、彼が予約してくれた店で夕食を摂るエテルとアンヘル。
エテル的には、仕事以外で目の前の男は顔も見たくないのだが、料理に罪は無い。都合よく必要経費、仕事の延長線として考えることにした。
「あぁ。あの後オフィスに戻って捜査資料探したが消えていたし、…ゾイなんか滑稽だったな」
「解剖室で他の奴らと備品整理しながら、『え?遺体?なんだそれ?』って言ってたしな。マジ痕跡が無くなってた」
「…まぁ、あのボスが連れてきた時点で変なことに巻き込まれると予想してたが」
「やぶ蛇ってやつだきっと。あーぁ、事件解決のためにオレはテメェに3回も『殺された』のに…殺され損だ」
あからさまに、ドン!と音を立てて肉にフォークを突き刺しアンヘルを睨む。
「それは失礼した。でもそのお陰で、被疑者視点からより深くプロファイリング出来たぞ」
怒気を涼しげに流し、元凶の本人はワインを一口飲んだ。
…そう、結と八月十五日の『組織』と同じぐらい、エテルもなかなかに非現実な体質なのだ。
「確かにお前のサディスティックな性癖から、犯人の視点で立てるのはなかなか出来ねえ芸当だが…オレが『不死身』じゃ無かったら不可能な捜査方法だからな。ったく…痛いモンは痛えんだよ。何回も刺しやがって」
「酷い言われようだなぁ。俺はただ、被疑者の思考を紐解くために犯罪現場を再現しただけだ。そのお陰で、犯人が特定出来て捜査期間が1日縮んだろ?」
貼り付けたような笑みで言うアンヘルに、エテルは余計に眉間の皺を寄せた。
被害者に寄り添った分析が出来る自分と、被疑者側の視点から分析が出来るアンヘル。どちらかと言うと事件を早期解決したい合理的な思考を持つエテルは、渋々彼のこの悪癖に付き合っている。
というか、いつの間にか殺されるから抵抗出来ないというのが正しいのかも知れない。楽しんでいるのは明白だが、恐らくそれは上澄みに過ぎない。彼の腹の底は誰も読めないだろう。
「肉、喰わねえなら寄越せ」
「俺が嫌いな割には図太いし行儀がなってないぞ」
「るせー。料理に罪は無い」
「口も悪い。そんな所も子供っぽくて可愛いがな」
「キメェ」
過去は廻る
革命組織『vice』の小話
白亜登場回はこんな感じ。ここから物語は本番なんです。(はよ本編書け)(夏には書くよ)
「お母さんたちはちょっと忘れ物をしたからここにいてね」
「すぐ戻るから」
「わかったよ。お母さん、お父さん」
さようなら。
それが、最後に聞いた親の言葉。
突然だけど、自分は俗に言う『能力者』だと思う。理由は簡単で、僕に触った人が謎の怪我をするから。
例えば、少しぶつかっただけで近くの窓ガラスが割れて破片が相手に刺さったり、唐突に物が降ってきたり。
僕の白い髪をからかって引っぱった子は、目の前でハンドルが壊れた車に轢かれて両足を骨折した。
あくまで全部『事故』だから、気味悪がられても能力者だと捕まることは無かったし、お母さんとお父さんもそれは嫌だったのか、家から出さない様にするだけで終わった。ちなみにさすがにお母さんとお父さんには触れる。それでも不気味がって、あまり僕とは関わらない。
僕の世界は家の中で本を読むことと、国のシンボルである鐘の音を聴いて一日が過ぎるのを待つこと。その繰り返し。
でもある日、親が街中に連れてってくれた。人に触らないように生地の厚い服を着せてくれて、目立つ白い髪を隠すように帽子を被って、二人の間に挟まってお出かけする。甘 いものも食べたり、公園を歩いたり。普通の散歩に近かった。
それでも…とても、とても楽しかった。
同時に、『あぁ、きっとこれでさいごなんだろうな』と他人事のように思った。
そして冒頭。親は戻ってこない。
やっぱり捨てられた。いつか来るとは思ってたし、家出しようと思ってたから不思議とあまり悲しくはない。
えっと、僕何歳だっけな?今年で、8歳…だったはず。
たぶん、歳の割に頭は回る方だと思う。誰とも喋らず、遊ばないで家の中でたくさん本を読んでいたせいだろうか?
ボーン、と夕暮れ時に鐘の音が響く。
公園のベンチでずっと座っているけど、このままいるのはダメだな、と思ってとりあえず歩くことにした。もし僕が能力者なら、きっとすぐ捕まる。捕まったあとどうなるのかは、考えたくもない。
能力者は、本でしか読んだことないけど悲しい人達だと思う。だって、能力は生まれつきなんでしょ?欲しくて手に入れたものじゃないのに、そのせいで『よくないもの』と世界中に言われて、虐められている。僕が生まれつき白い髪でからかわれるのと同じだと思った。
なんとなく人に触っちゃダメなのを理解している僕は、なるべく人が少ない場所を探し歩いていた。
これからどうしようかなんて検討もない。とにかく歩いて、歩いて、疲れた時に考えよう。不思議と涙は出てこない。
「もしもし僕?」
「………あっ、」
俯いて歩いていたら、肩を誰かに掴まれた。服越しだから、きっとまだ大丈夫。『変なこと』は起きないはず。
恐る恐る顔を上げると。警察の帽子を被った男の人が、心配そうにこっちを見ている。
「あ、あの、」
「もう少しで暗くなるよ。お母さんとお父さんは?はぐれたのかい?」
警察の人は、親切で声をかけてくれているのはわかった。でも、今の僕は『触られた』『これからどうしよう』という気持ちでいっぱいで。カタカタと、体が震える。
「大丈夫?」
「ーーーーー!!」
震える僕の手を、警察の人は優しく握ってくれる。違う、『握らせてしまった』
「触らないで!!」
「えっ、うわぁ!!」
パシン、とつい手をはたいてしまった。
同時に警察の人の手が、カマイタチで切られた様に傷まみれになる。
「ごめんなさい…!」
僕はそのままその場から逃げた。
後ろで何か大きな声で言っている。
帽子が落ちて白い髪が顕になる。
帰りの時間なのか、人が多くなりつつある道で脇目も振らず走る。人とぶつかる。後ろで何か嫌な音がする。叫び声も聞こえる。その繰り返し。息が切れても、怒鳴り声が聞こえても、僕は走り続けるしか出来ない。なんで、なんで、僕ばかり??僕は一体何なの??
たくさんの人とぶつかりながら走っていると地震のように地面が揺れ、ガラッと頭上から何かが崩れる音がして思わず立ち止まる。石造りの建物が、ボロボロと降ってきた。でも不思議と僕の頭上に欠片はない。
ーーまるで、僕の周りにいる人たち全員を標的にしているような……。
「……!?わっ、」
呆気に取られていると、強引に引っ張られ、突然の浮遊感に襲われる。
…誰かに脇に挟まれて担がれている?
視界に薔薇の蔓のようなものが一瞬見えた。勢いよく何処かからとび出たそれらは、瓦礫を更に細かく砕く。砂埃が舞うので、思わず目を閉じてしまった。
更に風を切るような音がしたかと思うと、どこかへ着地する音。コツ、と靴音が耳に届いた。
「お疲れ様〜!」
「間一髪だったぞ。死人もいないだろう」
雑に担がれたまま、頭上から誰かと誰かが会話している声。呆気に取られて声も出せないと、担いでいた人が僕を下ろしてくれた。
吹き抜ける風が気持ちいい。どこかの屋上かな。
…というか、触られた…!!?
急いで距離をとる。
それでも周りには何も起きない。
視線を前にやると、杏色の髪をした女の人と、紫色の髪をポニーテールで結んだ男の人がいた。たぶん、杏色の髪の人が自分を担いでくれた人だ。二人は驚くわけでもなく、静かに僕を見つめる。
「…この惨状はお前の能力か?」
「派手にやったねー。制御できてないっぽい?」
「……その、……あ…れ…?」
『助けてくれてありがとうございます』そう言おうとしたのに、どっと汗が吹き出て、僕の視界は暗転した。走り回ったせい?違う、もっとべつな…………。
「おっと」
今度は紫色の髪の男…十闇が少年を受け止めた。すうすうと寝息を立てて眠る白い髪をした小さな少年を不思議そうに抱き抱える。
「…この子供は能力者だな」
「うーーん…」
杏色の髪の女…イヨが顔をのぞき込む。酷く顔色が悪く、早く安静にさせないと命に関わるかもしれない。
十闇はその瞳で見た人間の内面を見ることが出来る特殊な種族、吸魂鬼だ。
じいっと、紅色の瞳で白い少年を見つめる。
「…たぶん、能力者。でも無自覚。触られるのが発動のトリガー?常時発動系なのかな。だから他人と関わりたいけど、すごい恐怖心がある。何故かオレ等は何ともないけど…。多分、今は能力を使いすぎたから疲労している感じ。どうする?」
「なら、パニックになって能力が暴走した形に近いな。ここに捨て置くほど薄情ではない。基地に連れていこう」
パトカーや救急車のサイレンが響く。屋上から街中を覗くと、先程建物があった場所には警察と救助隊が大勢来ていた。
「…これをコイツがやったのなら、結構な訳ありだ」
「ねー。にしても偶然こんなことに出くわすなんて」
十闇は思わず苦笑する。
……二人の視線の先は、倒壊した建物と負傷した人達で溢れ返している。軽く災害が起きた様な光景だった。
「飛出雲(ひいずも)国には和菓子を食べに来ただけだったのになぁ…。帰るか」
「はーい」
再び風を斬るような音を残して、十闇達は『空間転移』で自分達が所属している革命組織、viceの基地へと戻る。
これが、白い少年…白亜との出逢い。
『能力者の差別がない世界』を目指す革命組織の目的とはまた別に、彼ら彼女たちの運命が水面下で動き始めた瞬間だった。
倒れ手折れ枯れ育つ
革命組織『vice』にて
焔羅から見たイヨの小話。最後にちょい伏線
正直言って、イヨは強い。
二十年隠居してたってマジ?ってぐらい。
中距離である銃をメインにしているのに、いつの間にか先頭に立って切り込んでいる。近接戦闘も得意で、性別で不利な筋力差を合気の技術で補っていると本人は言っていた。
能力の扱い方も抜群で、『棘』で縦横無尽に、確実に敵を絡めて貫く。棘で貫くなんて血生臭い筈なのに、その血飛沫が薔薇の様に見えて目眩を起こしそうになったのは記憶に新しい。
なのに本人は返り血をほとんど浴びず、平然と杏色の髪と漆黒のロングコートを靡かせて次の標的へ向かう。
更にどう心を割り切ってるのか、想像出来ないほど、冷たく感情の籠っていない瞳を周囲へ向けていた。
戦場でしか見ることの出来ない苛烈な美。
いつからか呼ばれている『黒薔薇』の異名にも頷くしかない。
本人は知らないが、敵である人間達にも隠れファンがいるのも納得してしまう。
まぁ俺は華蓮が1番なんだけども。
ジャンルが違うという意味だ。
能力も凄いが、一番凄いところはもっと別なところだ。
まずあいつは目の前の敵を見ていない。常に数手先を見ている。
敵が動く前に先手を打ったかと思えば逆に誘って有利な位置へ引きずり込む。相手をひたすら一方的に踊らせ、技術で、棘で絡める。
二百年という長い年月を圧倒的に人数が不利な戦場で過ごしてきた勘と経験、すべてを毎日積み重ねて今があるのだろう。一朝一夕で出来るものじゃない。
「…だから腹立つんだよなぁ」
「どうした焔羅」
「げっ」
訓練室で自分で作った基礎メニューをこなしたあとに、いつものスカートにスウェットというラフな格好をしたイヨが入ってきた。片手には愛銃が握られていて、いつも通り的を撃ちに来たのだろう。
「なんだその顔は。喧嘩を売ってるのなら買うぞ?」
「うるせー。……なぁ、どーやって今の動きを身につけたんだよ。無理ゲーじゃん」
ポロリと本音が出てしまう。
『革命組織』で生きていくためには、力が必要不可欠だ。自分は才能に恵まれている方だと思うし、それに甘えず努力もしている。ここにいる奴らは皆そうだ。
それでも、まだイヨには少し届かない。
「……ま、経験だろうな。最初の五十年なんて、皆の…特に紲那の後ろに何とか着いていたぐらいだ」
カシャン、と銃の安全装置を外し、片手で構え的を見るイヨ。
『紲那』
革命組織最強の能力者と言われ、五百年の時を戦火の最前線で生きる英雄。人間からは鬼神とか化け物とか呼ばれている。イヨの古巣は、ソイツが所属している革命組織だ。
「あの紲那とコンビ組んでたんだもんな」
「まぁな。…革命組織入りたての能力者は誰だって無茶をする。私もそうだった。紲那はそれをフォローするお目付け役みたいなもんだろう」
何気なく引き金を弾くと、必然の様に的の中心に銃弾が吸い込まれた。片手で撃っているのに、身体の姿勢が全く崩れない。口径が大きい高威力の銃も、癖を熟知しているからブレることなく当たるのだろう。その後ろ姿を目に焼きつける。自分が銃を撃つ時の参考になるからだ。
何発か当てると満足したのか、床に胡座をかいている俺の方に向き直った。
「焦るのも分かるが、それは誰でも通る道だ。無茶せずに鍛えればいい。やりすぎたら私が貴様の足を撃ってでも止めてやる」
「……過激ぃ」
見下ろされるのがムカつくので、俺も立ち上がって伸びをした。もう一回、武器を使って練習しようかなとか考えてると、イヨが再び口を開く。
「というか、お前等には一年ぐらいで戦場に慣れて私と同じぐらい戦えるようになってもらわないと困る」
「はぁ??」
「お前等が生まれてから百年ただ息を潜めていた訳じゃないのは、紅から聞いているぞ?あとは経験を積んで慣れるだけだ」
「……紅の野郎め」
変わり者の人間に拾われて、幸運なことに人並みの愛情を受け取り、それを別の人間達に奪われて、ある能力者に能力の基礎を教わった後…俺等は暗殺とか用心棒とか、なかなかアングラな仕事をしながら経験を積んできた。能力者を対象にすることは無かったが、人間は人間同士で無駄な争いを頻繁にすることが嫌でも目の当たりにして、思い出すと少し胸糞が悪い。
「私だって、いつまでもこうやって戦えるか解らないんだ。死ぬまで現役でいる気だが」
ふぁ、とイヨは欠伸を零す。
何故か一瞬だけ、少しバツの悪そうな顔をしたのを見逃さない。
「…あんまり寝れてねーの?」
「む…。昨日、珍しく夜更かししてしまってな。オフだし寝直す」
今さっきまでの緊張感は何処へやらという雰囲気でイヨは訓練室から立ち去った。言いたいことだけ言って立ち去るのは、さすがマイペースと言うべきか…。相変わらず戦場とのギャップが激しい。
「もっかいやるかぁ。蒼呼んで手合わせしよ」
頭は回る方だ。さっきのメニューに加えて、何が自分に足りないかもう一度洗い直す。やってやろーじゃん。一年と言わず半年で追い越してやる。
これは余談だが、
だから俺は…俺等は一年後まで気づかなかった。
この頃からすでに、薔薇が枯れ始めていたことに。
人の皮を被った獣
十闇がイヨの魂食べちゃおうと軽く暴走する話。噛み付いたりする。短めです。
吸魂鬼という種族を知っているだろうか。読んで字のごとく、「魂を吸う鬼」。食事行為なので正確には「食う」と表現した方が良いのかも知れない。
彼らは生まれつき空間転移の能力を持ち、異世界に渡る。そして何をするかと思えば好みのヒトの魂を食って自らの糧にする。そんな種族だ。
ちなみに、種族愛は希薄で絶滅寸前らしい。
なぜそんなことを今語っているのかと言うと、
「…参ったな」
相棒である吸魂鬼の十闇に押し倒されてしまったからだ。
自室で本を読んでいたところに音も気配もなく空間転移で現れた十闇。そのまま腕を掴まれて床に押し倒される。いつもなら気づくのに気づけなかった。それは私が油断してたのもあるが、単にこれが本来の十闇の実力なだけ。
十闇はいろいろあって幼い頃は人間に育てられ、人間として生きていた。吸魂鬼と自覚してからも内面の奥底では「人間」としての自分がいて、それが彼の基盤だ。簡単に言えば、常に人間として生きていた自分が吸魂鬼の自分をセーブしている状態。
一時期カタが外れて純粋な吸魂鬼として生きていた時期もあるが…私と出会って行動を共にし始めてから落ち着いた。あの時期はいくら魂を食べても飢えが治まらず、とても苦しかったらしく二度とあんな状態には戻りたくないと言っていた。
だから余計に十闇は「吸魂鬼としての自分」を隠してしまう。
無理に隠している分、反動は大きい。
バケツに並々と入っている水が些細な理由で零れるのと同じで、何かきっかけがあれば「吸魂鬼としての十闇」が出てきてしまうのだ。
その時には目の前の食べたい魂のことしか考えられない。今回の場合…というか毎回私が狙われている。
「十闇」
刺激をしない様に、静かに声をかける。
ピクリと反応するが、それだけだ。
前髪の隙間からは熱に浮かされたように紅色の瞳が揺らいでいる。
実は押し倒されてるが腕はある程度動ける。でも今、無理に動くと手首を掴まれてしまうだろう。そうなれば動きづらい。いつもの様に腹を蹴ってもいいし、なんなら『棘』の能力を使って無理やり剥がしてもいいのだが、明日は任務だ。怪我をされては困る。
横目に彼の手を見ると、驚いたことにまだ手袋をしていた。吸魂鬼は素手で相手に触れないと魂を食うことができない。
つまり、まだ十闇はなけなしの理性で耐えているのだろう。
「……っ、おい、」
そんなことを考えていたら、十闇が首筋に顔を埋めて噛み付いてきた。しかも遠慮がない。肌に食い込む歯の感触と肉を引きぢられそうな痛み。首筋から肩にかけて、容赦なく何度も噛みつかれる。任務で怪我は慣れてるが、痛いものは痛い。魂を食う代わりの行為であろうとも、「はいそうですか。満足のいくまで噛んでください」と納得はできない。
「…ゔ…ぁ、いい加減にしろ!」
さすがにこちらが限界だ。腹を軽く蹴って無理やり首筋から十闇の顔を離す。
結構深く八重歯がくい込んでいた様で、離れる時に軽く呻き声をあげてしまった。
ぺたりと座り込む十闇の口の周りには私の血がついていて、荒い息遣いでこちらを静かに見つめている。
一瞥するだけで内面が見えてしまう吸魂鬼の十闇に、今の私はどう見えているのだろうか。
そろそろどうにかしないと、本当に実力行使に出ないといけない。そうなれば部屋はぐちゃぐちゃになるし十闇は明日の任務に出られない。純粋に困る。腹を括るしかない。
「十闇」
もう一度、声をかける。
片手で私の血で汚れた彼の口を拭う。突然の行為に微かに驚いてる隙に、何とか彼の片腕を掴んだ。
そのまま滑らせて手袋を脱がせるように指を隙間から入れる。少しだが素手で触ってしまった。意識が軽く飛びかけるが、まだ…まだ大丈夫。手のひらの中心さえ触れなければ何とか食われることはない。
まるで自分から食われに行く行動に、十闇は目を見開いた。
「…あ、」とようやく声をこぼす。
「十闇」
三度目の声掛け
「今、私を食べたいのか?」
飛びかける意識の中、真っ直ぐと声を張り、彼の瞳を見つめる。
静かな睨み合い。
暫く沈黙が続いた。
「…………いやだ」
「うん」
ぽつりと呟く声。
十闇自ら、イヨの手を弱く振り払った。
「まだ食べたくない」
「そうか。…それは良かった」
泣きそうな瞳で十闇はイヨの上からゆっくりと退ける。
イヨも起き上がり、緊張した空気が緩まりため息をつく。噛み跡塗れの首から肩にかけてをつい自分でさすった。まだじくじくと痛むし、血が滲んで手のひらが汚れる。
それを十闇が怪訝に見た。
「……え、何その噛み跡」
「お前が!!やったんだろうが!!」
つい怒りに任せて読みかけの本を十闇に向かって投げつけた。彼の顔面に本が勢いよくぶつかる。どうやら素の彼に戻ったようだ。
「ご、ごめんーー!!本当に記憶がなくて!!ぼんやりとイヨの声しか聞こえなくて!!また暴走したんだね!?オレ!!」
「そうだぞ!?これで何回目だ!?しかも噛むとか…理性をギリギリ保つ行動なのはいいがされる身になれよ!?」
「ごめんなさい〜〜!!!!嫌わないでイヨ〜〜!!」
「あー、泣くな……。手当て手伝ってくれ……」
ついに泣き出した十闇に軽くため息をついて救急箱を探すために立ち上がった。
ふいに、いつか彼の兄である咲奇が言っていたことを思い出す。
『吸魂鬼は食に貪欲だ。性欲がほぼ無い分、食べることが全てだ。好みの魂は腹の中に入れたい。好意よりも食欲が勝つ。それが俺らの本能だ。人の皮を被った獣だと思えよ?なまじ理性と知識のある俺らは本当に、ウゼェほど厄介だからな』
先程の十闇の矛盾した行動といい、「吸魂鬼は生きづらい」そう言っているようにも思えた。