ダークオーラクォーツは俯瞰する
いつかちゃんと書きたいと思っている双子の兄妹の話。
そのプロローグ的なものです。ちょっと訳あり兄妹よ。
『双子の兄が死んだ』
そう聞かされたのは二年前のクリスマスイブだった。生活のために兄は既に働いていて、忙しいのにクリスマスイブは必ず帰ってきてくれた。
私も大学は行かないで働こうと思ったけど、兄が「しっかり勉強しろ」と応援してくれたから私は兄の稼いだお金で専門大学まで通わせてもらって、来年には就ー職だった。
もしかしたらこれ以降、2人で過ごせるクリスマスはしばらく無いかもしれないと気合を入れて準備をしていた。
だからインターホンが鳴った時、兄が帰ってきたかと思い駆け足で扉を開けたが扉の前にいたのは二人のスーツ姿の男。赤の他人ではなく、一度会ったことがある兄の仕事先の上司さんだった。
そして冒頭、『兄が死んだ』と聞かされた。仕事の中でらしい。開いた口が塞がらないし、衝撃的過ぎて涙も出てこない。双子の片割れ、男なのに色と性格以外はそっくりで瓜二つな半身。唐突な死の報告にただただ立ち尽くす。次第に自分の体温が無くなる感覚がして、膝から崩れ落ちた。
そこからは忙しかった。
まず兄の遺体の確認。既に葬式場は兄の上司さん達の計らいで用意されていて、そこで久しぶりに兄と対面した。1週間ぶりだっただろうか。死化粧もされて目立った傷は無い。あったとしても、目立たないようにしてくれたのだろう。触れると肌は冷たく硬い。眠るように、百合の花が敷き詰められた棺に納められている兄に声をかけても、当然返事はなかった。
虚ろげに、用意してくれた喪服に袖を通す。
葬式に呼ぶ人はあまりいない。
なんせ兄の身内は私しか居なかったのだのだ。正確には私達を産んで捨てた親も、高校生になるまでたらい回しにした親戚達もまだ生きているらしいけど葬式に呼ぶ気持ちにはならなかった。
最悪私と兄の上司さん2人だけかなと思ったけど、兄と特別仲の良かった人、数人が来てくれた。当然私は初めて見る人で、兄の交友の広さを知る。
喪主として軽く挨拶はしたけど何を話したかはあまり覚えていない。気遣ってくれたのは解ったが、愛想の良い受け答えは出来なかった。
お通夜が終わって、私はそのまま泊まることにした。一度家に帰ることを勧められたが、そんな考えはない。少しでも兄とさいごの時を過ごしたかった。
棺を背もたれに毛布にくるまる。線香と百合の匂いに包まれながら、何故か兄におぶされて夕焼け道を歩いたことを思いだした。確か親戚の家に嫌気が差して家出したんだったな。
当然、その日の眠りは浅かった。
次の日に出棺して、火葬場へ。
ここでようやく私は兄と永遠に別れることを自覚した。あの扉の向こうに兄を葬(おく)れば、兄は燃やされて、骨になって戻ってくる。
とてもおそろしい。
動けない私に変わって、上司さんが手続きを引き継ごうとしたが、何故かそれは許せなくて震える声で鍵を閉める。
自分の手で、兄を葬(おく)った。
1時間後に戻ってきた兄はすっかり小さくなっていた。欠片になった兄。箸を持つ。骨を拾う。壺に収める。その繰り返し。
家の前まで送ってもらい軽くなった兄を抱え、家に戻る。
そういえばクリスマスパーティーの用意をしていたんだった。
一生懸命作ってテーブルの上に並べられたご馳走は冷えて固くなり、急いで壁に貼った飾りは粘着力を無くして落ちるものもある。
そこでようやく本当の意味で自覚した。
『もういない』
兄を抱えて泣き崩れた。
……というのが二年前。
正直、小さい頃からずっと一緒で半身である兄が亡くなり、しばらくは生きてるのか死んでるのかわからないぐらい気が沈んでいた。
食事も喉を通らなかったし、何に対しても無気力。大学は単位を足りてたから行かなかったし、ちょっとした日常の動作でも兄のことを思い出して、切なくなって、何もしたくなかった。今でも余程重症なブラコンだったと思う。
兄の上司さんが時々様子を見に来てくれなかったら、今頃後追い自殺をしてただろう。
四十九日が終わった時に、兄の上司さんに何で私にそこまで気を使ってくれるのか訊いたことがある。確かにそちら側のせいで亡くなったことは変わりない。でも、私はそれに対して恨むことはなかった。兄が選んだ仕事で兄が招いた結末なのだから。
すると、どうやら既に兄に頼まれていたらしい。『妹は一般人だけど、超がつくほどのブラコンだ。俺が死んだ時にどうなるか解らない。だから、落ち着くまで面倒を見てほしい』と。その時に前払いでいい金額の依頼料も貰っていたし、依頼を踏み倒すほど薄情でもない。とのこと。
用意周到な兄に、小さくだけど久々に笑みがこぼれた。
現在は兄の上司さんの計らいで、そこの下請けの事務として働かせてもらっている。
穏やかな日々だ。
今日はクリスマスイブ。楽しい思い出と兄の死を思い出して何とも言えない気持ちになりながら帰路に着く。
ふと、お店のショーウィンドウに飾られたアクセサリーに目が止まった。チョーカーみたいなネックレス。真ん中に石が埋め込まれており、隣にあった紹介文で「ダークオーラクォーツ」と書かれている。彼と同じ瞳の色だ。
そんなことをぼんやりと考えてから視線を元に戻すと、ショーウィンドウのガラス…正確には私の頭上に有り得ないものが映っていた。
『……お〜。妹もついにアクセサリーに興味を持つようになったんな。えっ、しかも俺の色とか俺愛されすぎでは?』
そんな声も聞こえる。
ばっと顔を上げると目が合う。声の主は驚いたように大袈裟にリアクションをした。
『んお!?どーした急に。えっ、でも俺のことは見えんよね?』
「…………お兄?」
私の頭上で寝転びながらふよふよと浮いている兄っぽい何かについ声を掛けてしまった。幻覚か?あ、触れる。体温は感じないけど、雪のようにふわふわな白髪に滑らかな頬。私より色素の薄いグレーの瞳。おまけに変な口調。
大通りで人が歩いている中、思わず涙が零れた。
『あ〜ちゃ……どーしよこれ……』
「とりあえず、話あるから。幻覚でも…離れた許さない」
お店でチョーカーを買って再び帰路に着く。
会計時も目が赤く腫れてたしお店の人には少し心配された。
兄っぽい何かは気まずそうに黙ってるし、私も何を話せばいいかわからない。
家の前について、ふと兄が口を開いた。
『離れたことなんてあらへんよ』
ぽんっと頭を撫でられて、また泣きそうになる。
これは、いろいろあって幽霊になった兄、橘 雪花(せっか)と普通の生活を送る私、橘 六花(ろっか)の話。
付け加えるのであれば…
『殺し屋や用心棒として働いてたけど、殺された兄』が幽霊になっていて、『その真相を探りあわよくば復讐したいと思いつつも』普通の生活を送る私の話だ。
ちなみに…自分の妄想が生み出した産物ではないかと思い、後日同僚の霊感があるらしい友人に相談したら、「ばっちりいる」と言われた。