倒れ手折れ枯れ育つ

 

革命組織『vice』にて

焔羅から見たイヨの小話。最後にちょい伏線

 

 

 正直言って、イヨは強い。
 二十年隠居してたってマジ?ってぐらい。

 中距離である銃をメインにしているのに、いつの間にか先頭に立って切り込んでいる。近接戦闘も得意で、性別で不利な筋力差を合気の技術で補っていると本人は言っていた。
 能力の扱い方も抜群で、『棘』で縦横無尽に、確実に敵を絡めて貫く。棘で貫くなんて血生臭い筈なのに、その血飛沫が薔薇の様に見えて目眩を起こしそうになったのは記憶に新しい。
 なのに本人は返り血をほとんど浴びず、平然と杏色の髪と漆黒のロングコートを靡かせて次の標的へ向かう。
 更にどう心を割り切ってるのか、想像出来ないほど、冷たく感情の籠っていない瞳を周囲へ向けていた。


 戦場でしか見ることの出来ない苛烈な美。
 いつからか呼ばれている『黒薔薇』の異名にも頷くしかない。

 本人は知らないが、敵である人間達にも隠れファンがいるのも納得してしまう。
 まぁ俺は華蓮が1番なんだけども。
 ジャンルが違うという意味だ。

 能力も凄いが、一番凄いところはもっと別なところだ。
 まずあいつは目の前の敵を見ていない。常に数手先を見ている。
 敵が動く前に先手を打ったかと思えば逆に誘って有利な位置へ引きずり込む。相手をひたすら一方的に踊らせ、技術で、棘で絡める。
 二百年という長い年月を圧倒的に人数が不利な戦場で過ごしてきた勘と経験、すべてを毎日積み重ねて今があるのだろう。一朝一夕で出来るものじゃない。


だから腹立つんだよなぁ」

「どうした焔羅」

「げっ」


 訓練室で自分で作った基礎メニューをこなしたあとに、いつものスカートにスウェットというラフな格好をしたイヨが入ってきた。片手には愛銃が握られていて、いつも通り的を撃ちに来たのだろう。


「なんだその顔は。喧嘩を売ってるのなら買うぞ?」

「うるせー。……なぁ、どーやって今の動きを身につけたんだよ。無理ゲーじゃん」


 ポロリと本音が出てしまう。
 『革命組織』で生きていくためには、力が必要不可欠だ。自分は才能に恵まれている方だと思うし、それに甘えず努力もしている。ここにいる奴らは皆そうだ。
 それでも、まだイヨには少し届かない。


……ま、経験だろうな。最初の五十年なんて、皆の特に紲那の後ろに何とか着いていたぐらいだ」


 カシャン、と銃の安全装置を外し、片手で構え的を見るイヨ。
 『紲那』
 革命組織最強の能力者と言われ、五百年の時を戦火の最前線で生きる英雄。人間からは鬼神とか化け物とか呼ばれている。イヨの古巣は、ソイツが所属している革命組織だ。


「あの紲那とコンビ組んでたんだもんな」

「まぁな。革命組織入りたての能力者は誰だって無茶をする。私もそうだった。紲那はそれをフォローするお目付け役みたいなもんだろう」


 何気なく引き金を弾くと、必然の様に的の中心に銃弾が吸い込まれた。片手で撃っているのに、身体の姿勢が全く崩れない。口径が大きい高威力の銃も、癖を熟知しているからブレることなく当たるのだろう。その後ろ姿を目に焼きつける。自分が銃を撃つ時の参考になるからだ。

 何発か当てると満足したのか、床に胡座をかいている俺の方に向き直った。


「焦るのも分かるが、それは誰でも通る道だ。無茶せずに鍛えればいい。やりすぎたら私が貴様の足を撃ってでも止めてやる」

……過激ぃ」


 見下ろされるのがムカつくので、俺も立ち上がって伸びをした。もう一回、武器を使って練習しようかなとか考えてると、イヨが再び口を開く。


「というか、お前等には一年ぐらいで戦場に慣れて私と同じぐらい戦えるようになってもらわないと困る」

「はぁ??」

「お前等が生まれてから百年ただ息を潜めていた訳じゃないのは、紅から聞いているぞ?あとは経験を積んで慣れるだけだ」

……紅の野郎め」


 変わり者の人間に拾われて、幸運なことに人並みの愛情を受け取り、それを別の人間達に奪われて、ある能力者に能力の基礎を教わった後俺等は暗殺とか用心棒とか、なかなかアングラな仕事をしながら経験を積んできた。能力者を対象にすることは無かったが、人間は人間同士で無駄な争いを頻繁にすることが嫌でも目の当たりにして、思い出すと少し胸糞が悪い。


「私だって、いつまでもこうやって戦えるか解らないんだ。死ぬまで現役でいる気だが」


 ふぁ、とイヨは欠伸を零す。
 何故か一瞬だけ、少しバツの悪そうな顔をしたのを見逃さない。


あんまり寝れてねーの?」

「む。昨日、珍しく夜更かししてしまってな。オフだし寝直す」


 今さっきまでの緊張感は何処へやらという雰囲気でイヨは訓練室から立ち去った。言いたいことだけ言って立ち去るのは、さすがマイペースと言うべきか。相変わらず戦場とのギャップが激しい。


「もっかいやるかぁ。蒼呼んで手合わせしよ」


 頭は回る方だ。さっきのメニューに加えて、何が自分に足りないかもう一度洗い直す。やってやろーじゃん。一年と言わず半年で追い越してやる。



 これは余談だが、

 だから俺は俺等は一年後まで気づかなかった。
 この頃からすでに、薔薇が枯れ始めていたことに。