人の皮を被った獣

 

十闇がイヨの魂食べちゃおうと軽く暴走する話。噛み付いたりする。短めです。

 

 

 

 吸魂鬼という種族を知っているだろうか。読んで字のごとく、「魂を吸う鬼」。食事行為なので正確には「食う」と表現した方が良いのかも知れない。
 彼らは生まれつき空間転移の能力を持ち、異世界に渡る。そして何をするかと思えば好みのヒトの魂を食って自らの糧にする。そんな種族だ。
 ちなみに、種族愛は希薄で絶滅寸前らしい。

 なぜそんなことを今語っているのかと言うと、


参ったな」


 相棒である吸魂鬼の十闇に押し倒されてしまったからだ。


 自室で本を読んでいたところに音も気配もなく空間転移で現れた十闇。そのまま腕を掴まれて床に押し倒される。いつもなら気づくのに気づけなかった。それは私が油断してたのもあるが、単にこれが本来の十闇の実力なだけ。

 十闇はいろいろあって幼い頃は人間に育てられ、人間として生きていた。吸魂鬼と自覚してからも内面の奥底では「人間」としての自分がいて、それが彼の基盤だ。簡単に言えば、常に人間として生きていた自分が吸魂鬼の自分をセーブしている状態。
 一時期カタが外れて純粋な吸魂鬼として生きていた時期もあるが私と出会って行動を共にし始めてから落ち着いた。あの時期はいくら魂を食べても飢えが治まらず、とても苦しかったらしく二度とあんな状態には戻りたくないと言っていた。
 だから余計に十闇は「吸魂鬼としての自分」を隠してしまう。


 無理に隠している分、反動は大きい。
 バケツに並々と入っている水が些細な理由で零れるのと同じで、何かきっかけがあれば「吸魂鬼としての十闇」が出てきてしまうのだ。
 その時には目の前の食べたい魂のことしか考えられない。今回の場合というか毎回私が狙われている。


「十闇」


 刺激をしない様に、静かに声をかける。
 ピクリと反応するが、それだけだ。
 前髪の隙間からは熱に浮かされたように紅色の瞳が揺らいでいる。

 実は押し倒されてるが腕はある程度動ける。でも今、無理に動くと手首を掴まれてしまうだろう。そうなれば動きづらい。いつもの様に腹を蹴ってもいいし、なんなら『棘』の能力を使って無理やり剥がしてもいいのだが、明日は任務だ。怪我をされては困る。

 横目に彼の手を見ると、驚いたことにまだ手袋をしていた。吸魂鬼は素手で相手に触れないと魂を食うことができない。
 つまり、まだ十闇はなけなしの理性で耐えているのだろう。


……っ、おい、」


 そんなことを考えていたら、十闇が首筋に顔を埋めて噛み付いてきた。しかも遠慮がない。肌に食い込む歯の感触と肉を引きぢられそうな痛み。首筋から肩にかけて、容赦なく何度も噛みつかれる。任務で怪我は慣れてるが、痛いものは痛い。魂を食う代わりの行為であろうとも、「はいそうですか。満足のいくまで噛んでください」と納得はできない。


ぁ、いい加減にしろ!」


 さすがにこちらが限界だ。腹を軽く蹴って無理やり首筋から十闇の顔を離す。
 結構深く八重歯がくい込んでいた様で、離れる時に軽く呻き声をあげてしまった。
 ぺたりと座り込む十闇の口の周りには私の血がついていて、荒い息遣いでこちらを静かに見つめている。
 一瞥するだけで内面が見えてしまう吸魂鬼の十闇に、今の私はどう見えているのだろうか。
 そろそろどうにかしないと、本当に実力行使に出ないといけない。そうなれば部屋はぐちゃぐちゃになるし十闇は明日の任務に出られない。純粋に困る。腹を括るしかない。


「十闇」


 もう一度、声をかける。
 片手で私の血で汚れた彼の口を拭う。突然の行為に微かに驚いてる隙に、何とか彼の片腕を掴んだ。
 そのまま滑らせて手袋を脱がせるように指を隙間から入れる。少しだが素手で触ってしまった。意識が軽く飛びかけるが、まだまだ大丈夫。手のひらの中心さえ触れなければ何とか食われることはない。

 まるで自分から食われに行く行動に、十闇は目を見開いた。
 「あ、」とようやく声をこぼす。


「十闇」


 三度目の声掛け


「今、私を食べたいのか?」


 飛びかける意識の中、真っ直ぐと声を張り、彼の瞳を見つめる。
 静かな睨み合い。
 暫く沈黙が続いた。


…………いやだ」

「うん」


 ぽつりと呟く声。
 十闇自ら、イヨの手を弱く振り払った。


「まだ食べたくない」

「そうか。それは良かった」


 泣きそうな瞳で十闇はイヨの上からゆっくりと退ける。
 イヨも起き上がり、緊張した空気が緩まりため息をつく。噛み跡塗れの首から肩にかけてをつい自分でさすった。まだじくじくと痛むし、血が滲んで手のひらが汚れる。
 それを十闇が怪訝に見た。


……え、何その噛み跡」

「お前が!!やったんだろうが!!」


 つい怒りに任せて読みかけの本を十闇に向かって投げつけた。彼の顔面に本が勢いよくぶつかる。どうやら素の彼に戻ったようだ。


「ご、ごめんーー!!本当に記憶がなくて!!ぼんやりとイヨの声しか聞こえなくて!!また暴走したんだね!?オレ!!」

「そうだぞ!?これで何回目だ!?しかも噛むとか理性をギリギリ保つ行動なのはいいがされる身になれよ!?」

「ごめんなさい〜〜!!!!嫌わないでイヨ〜〜!!」

「あー、泣くな……。手当て手伝ってくれ……


 ついに泣き出した十闇に軽くため息をついて救急箱を探すために立ち上がった。
 ふいに、いつか彼の兄である咲奇が言っていたことを思い出す。


 『吸魂鬼は食に貪欲だ。性欲がほぼ無い分、食べることが全てだ。好みの魂は腹の中に入れたい。好意よりも食欲が勝つ。それが俺らの本能だ。人の皮を被った獣だと思えよ?なまじ理性と知識のある俺らは本当に、ウゼェほど厄介だからな』


 先程の十闇の矛盾した行動といい、「吸魂鬼は生きづらい」そう言っているようにも思えた。